September 11, 2020

一帯一路の協力国だったチェコが訪台を決めた理由

一帯一路の協力国だったチェコが訪台を決めた理由
井上雄介 (台湾ライター)
https://wedge.ismedia.jp/articles/-/20695?fbclid=IwAR0peen0LI8jDl7omKxK2cfYWeJuz3m-XE2BIa9pt_V7jS06WnSBRz6DCNA

 ビストルチル上院議長らチェコ代表団が8月30日から6日間、台湾を訪問した。ビストルチル議長は、チェコで大統領に次ぐ同国2位の政治家。最近、台湾を訪問した外国政治家では最高クラスとなるだけでなく、国会議員や企業関係者ら約90人が同行する空前の規模となった。台湾へ留学経験があり「台湾ファン」を公言するプラハのフジブ市長も加わり、北京と断絶後、代わりに姉妹都市となった台北市を訪ねた。中国外務省は、「深刻な主権侵害だ」などと強く反発した。


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 チェコ代表団の台湾訪問の背景には、チェコで急速に高まる反中感情と、台湾の民主的で自由な政治体制に対する深い共感がある。チェコは、1989年のビロード革命で、チェコスロバキアの共産党政権を打倒し、独裁政治を転換した歴史を持つ。議長は、8月31日、台湾の名門、政治大学で講演し、台湾の民主化運動の歴史に触れ「台湾とチェコの最も重要な共通点は、自由と民主主義の国ということだ」と述べた。議長は訪台前もメディアに「台湾は、事実上独立した自由の国だ」と、踏み込んだ発言をして中国を怒らせている。

 上院議長の台湾訪問には、欧州連合(EU)からも支援の動きが出ている。ドイツ「緑の党」のラインハルト・ビューティコファー欧州議会議員は、ギリシャの議員らとともに、EU駐在の中国大使に書簡を送り、上院議長の台湾訪問に干渉しないよう求めた。ポンペオ米国務長官もツイッターで議長の訪台にエールを贈った。

 中国の王毅外相が、上院議長の訪台に反発、「重い代価を支払わせる」として報復を示唆したことに対しては、強い反発が出ている。EU議長国を務めるドイツのマース外相は、「脅しは不適切だ」と批判。チェコの友邦、スロバキアのチャプトヴァー大統領は「EU加盟国へ脅しは受け入れられない」と語り、欧州の元首級の政治家では初めて中国を批判した。

 中国はもともと、シルクロード経済圏構想「一帯一路」で、欧州における協力国としてチェコとの関係強化を極めて重視しており、同国のゼマン大統領も大の親中派として知られる。ただ、2018年に、新興エネルギー企業の中国華信能源(CEFC)がチェコで約束していた巨大投資事業を突然中断したころから、チェコの親中感情に陰りが出始めた。2月の台湾訪問を計画していたクベラ前上院議長が、今年1月20日急死した後、対中感情の悪化は決定的となった。

 クベラ前議長の夫人は、クベラ前議長が急死直前、中国大使から、台湾行きの断念を強く迫る書簡を受け取っていたと暴露し、チェコ社会に衝撃を与えた。クベラ議長は中国側から、台湾を訪問すれば自動車メーカー、シュコダや、ピアノのペトロフなどチェコを代表する企業が「中国で歓迎されなくなるだろう」との脅しを受けた。

 チェコの政界にも「内政干渉だ」との反発が広がり、3月には首相や外相、上下両院議長らが連名で、中国大使の書簡を批判する声明を発表。大統領に追随して一貫して親中だったバビシュ首相も「絶対に受け入れられない」と反発。ビストルチル上院議長は、中国大使の帰任を求めた。チェコ上院は5月、50対1の圧倒的賛成多数で上院議長の訪台を可決した。

 一方でゼマン大統領は6日に地元テレビ局のインタビューに応じ、ビストルチル上院議長の訪台を「幼稚な挑発」と批判。「これからは国のハイレベルの外交政策会議には上院議長を出席させない」と語った上、チェコ企業に損害を与えることへの懸念を示した。バビシュ首相も、米CNNの取材に、上院議長の行動が「政治とビジネスを混同している」と経済への影響に憂慮を示すなど、チェコの指導部も一枚岩ではない。

 台湾は、上院議長の訪台を喜び全力で歓迎。外相自ら空港で一行を出迎えたほか、蔡英文総統は「チェコと台湾の友好に傑出した功績を挙げた」として、上院議長に勲章を授与した。議長は1日、立法院(議会)で演説し、自由と民主主義の大切さを説いた後、ケネディ元大統領が1963年、ドイツ語で「私はベルリン市民である」と演説した故事をまね、中国語で「私は台湾人である」の言葉でしめくくり、満場の喝さいを浴びた。ケネディ大統領の言葉は、当時、共産主義の圧迫に抵抗していた西ベルリン市民への連帯を示すもの。上院議長も、中国共産党の圧力にあらがう台湾への声援だった。

 

 

米台国交樹立の落とし所、台湾海峡戦争になるのか?
立花 聡 (エリス・コンサルティング代表・法学博士)

https://wedge.ismedia.jp/articles/-/20580

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September 02, 2020

問題はコロナではない、中国なのだーーーー

完全に行き詰まった中国経済…世界から敵視される“不法と無法な行動”

9/2(水) 6:06配信

PHP Online 衆知(Voice)

世界の基本ルールに反した習近平

問題はコロナではない、中国なのだ――。米国分析で日本最長のキャリアを誇る日高義樹氏は、新著『米中時代の終焉』にて、国際観光バブルの崩壊と中国政治・経済の衰退の隠された関係を明らかにしている。本稿ではその一節を紹介する。

※本稿は、『米中時代の終焉』(PHP新書)の内容を一部抜粋・編集したものです。

 


19世紀ヨーロッパの雰囲気が乱雑な盛り場に

1980年代の終わり、まだNHKで仕事をしている頃、NATO軍の取材のあいだに見つけたのは、毎年夏になるとモナコで開かれる花火大会だった。モナコというのはフランスのマルセイユから東へ200キロあまりの小さな王国で、アメリカの美人女優グレース・ケリーが国王と結婚したため、世界の注目を浴びた。

ここで夏になると世界各国が参加して花火のコンテストが開かれていた。花火で世界に知られている日本、ドイツ、アメリカ、ブラジル、中国といった国が競って花火を打ち上げ、優劣を競った。アメリカ軍の広報関係者に紹介されたのがきっかけで、何度か見物に出かけた。

モナコは正確に言えばフランスの地中海沿岸コート・ダジュールとイタリアの国境近くにある小さな都市国家で、地中海の一部であるリグリア海につながっている。静かな内海を挟んで、両方からなだらかな丘が続いている景勝の地である。

港にはモナコ国王の所有する有名なヨットが係留され、湾の中央に作られた花火発射場から花火が打ち上げられるのが恒例であった。最上の観覧席はその港を見下ろす丘の上に作られた瀟洒なホテルのレストランであった。

花火大会が開かれる時には、特別にレストランの外にテーブルがしつらえられ、多くの客で賑わっていたが、ヨーロッパらしい気品に満ちた、優雅な食事ができる程度の騒ぎであった。

ところが中国経済が拡大し、中国の人々が経済力を持って押しかけるようになると、モナコの港を見下ろす丘全体が、中国人だけでなく、アラブの人々やアジアの人々で埋め尽くされてしまった。

顔見知りのマネージャーが私たちのために良い席を見つけられる余裕は残っていたが、ヨーロッパの優雅な雰囲気はなくなってしまった。


観光事業はあぶく銭だった

中国がサプライチェーンと称して、世界中のパテントを盗み、法律を破って経費のかからない、安い物を作ったうえ、労働者を搾取して膨大なダンピングを行った結果、世界中にお金が溢れた。

トランプ大統領が指摘しているように、中国はそういった不正な経済活動を通じて、年間5000億ドルという利益を上げ続けた。その結果、世界には二つのことが起きた。

一つは世界中の人々が中国の作った安い日用品を買うようになった結果、これまでと比べて余分のお金を持つようになった。とくにアメリカではその傾向が強かったが、貯蓄を好まないアメリカの人々は余った分をせっせと消費した。

その消費の多くが、アメリカ人の好きな豪華なバケーションやレジャーに使われるようになり、国際的な観光業が繁栄することになった。アメリカのフォーシーズンズや、マリオットなどといった巨大な資本を持つ観光産業が世界を動かすようになった。

もう一つは、安いダンピングによって膨大な資金を手にした中国の人々は、これまた豪華な物への消費を増やし、世界的な観光旅行をはじめた。フランスやイタリアでブランド品の買い占め、日本で爆買いといった現象が起きたのはその表れと言える。

そういったいわば中国が作り出したあぶく銭によって世界の観光事業というものがまさに巨大な雲のように拡大した。こうした状況がコロナウィルス騒ぎによって世界の観光業が大打撃を受ける直前の模様であった。

そしていまウィルス騒ぎによって、基本的にはその日、その日の収入に頼っているホテル、レストラン、航空業といったいわば消費的産業は大きな打撃を受けている。

世界の観光産業、ホテル、レストランといった、いわばその日暮らしの産業が、コロナウィルス騒ぎから立ち上がれないのは、企業の体質は同じでありながら、その規模が大きくなりすぎたために、仕事を取り戻すためには莫大な資金を必要としてしまっていることである。

ところがそういった資金の源である中国が、ウィルス騒ぎだけではなく、アメリカから強い圧力を受け、機能を低下させてしまっている。ウィルス騒ぎが一段落すれば世界の景気が一挙に戻ってくると誤解をしている多くの人々はこの重要な問題を見過ごしている。

つまり、コロナウィルスによる中国のビジネスの停滞は、中国自らの不法行為が招いたアメリカからの反発によるもので、その結果、経済活動全体が機能しなくなっているというのが現実である。


アメリカの場合は中国や世界とはやや異なっている。アメリカも航空業や観光産業、レストランやホテルが、日銭に頼りながら仕事をするための資金や設備のための費用が増えてしまっているというのは同じである。

しかしながら、アメリカはトランプ大統領が登場して以来、減税や規制の撤廃、技術開発への援助などによって経済活動力を活性化しており、しかも強いドルという立場を維持していることから、世界からの資金を集め易くなっている。この結果、ほかの国と比べればウィルス騒ぎからの経済の回復が易しい。

世界経済の現状と見通しを考えるにあたって、もっとも留意すべき重要な問題は、これまで10年以上、世界中に安い物や安い資本を提供してきた中国が、不法行為の結果、行き詰まりになってしまい、世界経済を動かす力を失ってしまっていることである。

世界はコロナウィルス騒ぎの次の段階に入ろうとしている。この事実に間違いはない。しかしながらそれはコロナウィルスから逃れるというだけのことではない。

コロナウィルスによって打撃を受けた経済活動を如何にして回復するか、ということが何よりも重要である。世界各国の指導者がはっきりと認識しなければならないことは、いまや世界の敵はコロナウィルスではない。中国である、ということだ。

中国が不法で無法な行動を続ける限り、世界経済は縮小する。中国の習近平がこの点について正しく認識をしていないために、香港に対して安全保障基本法の設定などという悪事を続けている。

習近平は政治的な力を中国国民に見せつけようとしているが、こうした習近平の行動は、イギリスとの約束を破ったというだけでなく、世界の基本的なルールに違反しており、中国の力そのものを弱めてしまう。


日高義樹(ハドソン研究所首席研究員)

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July 10, 2020

43人死亡、永寿総合病院の奮闘が教えてくれた働く意義

 

43人死亡、永寿総合病院の奮闘が教えてくれた働く意義

43人死亡、永寿総合病院の奮闘が教えてくれた働く意義
7/9(木) 6:00配信  日経ビジネス
https://business.nikkei.com/
新型コロナウイルスに214人が感染し、43人が死亡。国内最大規模の院内感染を招いた永寿総合病院・湯浅祐二院長の記者会見が1日に行われた。
感染症に襲われた医療現場のリアルは、働くということ、役割が人に与える影響力、ミッション、存在意義、チームなど、根本的な問いを投げかけていた(写真:Shutterstock)
会見の資料として、看護師や医師などの手記を公開したことについて、「自分たちの失敗を美談にすり替えるな!」といった批判が一部あったようだが、個人的には、質疑応答も含めた1時間20分超にわたる記者会見は、1ミリの無駄もない、実に誠実な会見だったと受け止めている。
 特に、批判の的となった“戦場”を経験したスタッフの生きた言葉=手記は、未知のウイルスの脅威を知る上で極めて重要な資料だったし、湯浅院長が時折声をつまらせ、明かした事実も、実に考えさせられる内容だった。
 感染症に襲われた医療現場のリアルは、働くということ、役割が人に与える影響力、ミッション、存在意義、チームなど、根本的な問いを投げかけていた。
●集団感染の現場の記録を次に生かすには
 たくさんの患者さんの命が奪われ、大切な人の手を握ることもできなかったご家族の心情を思うと複雑な心境になる。
 だが、「亡くなられた患者さんのお荷物から、これまでの生活や大切になさっていたもの、ご家族の思いなどが感じ取られ、私たち職員だけが見送る中での旅立ちになってしまったことを、ご本人はもちろん、ご家族の皆様にもおわびしながら手を合わせる日々でした」という湯浅院長が会見冒頭で紡いだ言葉は実に重く、外野にいる人間があれこれ言うべきことではないと思った。
 医療現場に立ち続けた人たちは、悲しむ患者さんとご家族への自責の念から今なお逃れられないからこそ、あそこまで丁寧な記者会見になったのではあるまいか。
 いずれにせよ、記者会見の内容はとても貴重なものだったので、今回は会見の内容と手記の一部を取り上げながら、あれこれ考えてみる。
 今回の集団感染の起点となったのは、2月26日に脳梗塞の診断で入院した患者さんだったそうだ。26日といえば、安倍首相が全国すべての小中高などに臨時休校を要請した前日で、当時、国内の感染者数はわずか20人(※厚生労働省報道発表資料より。なお累計は2月26日時点で167人)、東京都に至っては3人で、“クラスター”だの“院内感染”だのという言葉も一般的じゃなかった頃に当たる。
院長の説明によると、その患者さんは3月5日から発熱を繰り返していたものの、その他の症状から誤嚥(ごえん)性肺炎と診断された。ところが、3月21日に1つの病棟で複数の患者さんが発熱したため、保健所に相談し2人の患者さんのPCR検査を実施したところ、新型コロナウイルスに感染していることが分かった。
 その後は次々と発熱患者が相次ぎ、発熱者以外にも感染していることが判明した。しかし、PCR検査をすぐに受けられない患者さんもいて、結果が出る頃にはすでにウイルスが蔓延(まんえん)していたという。
 記者会見では、その他の入院している患者さんに感染が広がる様子が、病床のイラストで示された。そこからは感染拡大の速さと、感染しても発熱しないという新型コロナウイルスの特性が状況をさらに複雑にさせていたプロセスがよく分かった。
 4月上旬になると、看護師やスタッフにも感染が広がり、陽性患者さんの隔離やスタッフの自宅待機などで人員が足りなくなり、新たなスタッフの補充などに追われることになる。並行して、急激に状態が悪化し、深刻な事態になる患者さんも出てくるようになったという。
●スタッフ全員の働きを地域も支えた
 会見で示された「PCR陽性入院患者数の死亡・転院・治癒」を時系列で示したグラフを見ると、亡くなった患者さんが4月上旬に集中していたのは一目瞭然だった。おそらく、その間の現場は戦場以外の何ものでもなかったはずだ。
 そもそも永寿総合病院は、大学病院など高度医療機関から転院となった治療歴の長い、免疫機能が大幅に低下した高齢者が多い。院長によると亡くなった43人の患者さんの約半数に血液疾患やがんなど様々な疾患があり、アビガンやフサンなどの治療薬を早くから使用したが、効果が乏しかったそうだ。
 また、記者会見では、コロナ感染拡大の実態、原因などに加え、“戦場”を支えてくれた人たちのことも語られた。
・地域の人たちが寄付をたくさんしてくださったことで、感染防止対策のマスクなど必要なものをそろえることができたこと、食事を提供してくれたり、「がんばれ!」とエールを送ってくれたりしたことで乗り切れたこと。
・そういった地域の支えがあってこそ「地域医療」が成立することに気づかされたこと。
・毎朝、完全感染防護服に身を包んで、明るく「がんばってきます!」と病棟に向かう看護師たちに、かける言葉が見つからず「彼らにこのような任務を背負わせたことに、院長として非常に申し訳なく思った」こと。
・ガウン型の防護服が足りず、職員たちが自ら作ったこと。
・職員たちがリネンの運搬や院内の清掃などをやっていたこと。
・永寿総合病院に勤めていることで、アパートを退去させられたり、子どもを預けるのを断られたりするスタッフがいたこと。……etc.etc.
  病院のスタッフと地域の人たちの全員で、危機を乗り越えていたのだ。これは“美談”でもなんでもない。実際に、戦場で起きていた“事実”だ。病院という医療の現場を超えて、「人」として多くの人たちが関わり、それぞれが目の前のできることを必死にやっていたのである。
 記者会見で公表された、院内のメンタルサポートチームが5月に職員に対して行った「気持ちの変化チェックリスト」の結果は、実に興味深く、人間の複雑な心境も垣間見えた。
 チェックリストの「この仕事に就いたことを後悔している」という問いに、「はい」と答えた職員は6%(14人)で、11個の質問中で最も少なかった。院長はこの「6%」という回答に「医療者としての職員の気持ちを感じることができた」と、声を詰まらせた。
 その一方で、多かったのは「上司や同僚あるいは組織に対して怒り・不信感を抱いている」が47%(101人)、「精神的に疲れている」44%(96人)だとしていた。院長はこの結果に関する私見を述べることはなかった。
 恐らくこの「医療者としての誇り」と「病院組織への怒り」という矛盾こそが、「かける言葉がなかった」という会見の言葉の真意だったのではないか。感染を専門とするスタッフがいながら、初期の対応が遅れて感染を拡大させてしまい、職員に多大なる負担をかけ、その上大切な多くの患者さんの命を奪ってしまった。大きな責任を感じながらも、できることをやるしかなかった怒濤(どとう)の日々を思わせる。
 そんな責任者としての自責の念と、それと同じに医療現場に携わるひとりの医師として、後輩でもある病院のスタッフの仕事への誇りに感動し、院長は深く感謝したのだと思う。
●医療者たちの手記も公開されている
 そして、これはあくまでも私の妄想だが、「悪いのは責任者である自分」という気持ちと、過酷な状況でも最善を尽くした“名もなき戦士たち”=職員たちの存在を、どうにかして世間に伝えたくて、手記を公開したのではないか。
 美化するわけでも、問題をすり替えるわけでもない。ただ、ひとりの医療者として、医療に関わる人の思いを伝えたかったのだと思う。
 永寿総合病院のHPに、看護師、医師の方3人の手記は公開されているので、ご興味ある方はぜひ、ご覧いただきたいが、以下に、一部を抜粋・要約で紹介する。
・「正体がつかめない未知のウイルスへの恐怖に、泣きなか゛ら防護服を着るスタッフもいた。防護服の背中に名前を書いてあげながら、仲間を戦地に送り出しているような気持ちになった」(看護師)
・「頑張れ、永寿病院 地元有志一同」の横断幕が目に入り、「まだ私たちはここにいてもいいんだ」と思えた(看護師)
・「当初は5階病棟のみの集団感染と考えていたが、4月上旬には8階の無菌室にまで広がっていたことが判明。事態の重大さにその場に座り込んでしまった」(血液内科医師)
・「未感染の方を含め50人を超える診療科の患者様の命を守るべく、 研修医ともども、少ない人数で日々防護服に身を包み、回診に当たる日々が1カ月以上続いた」(血液内科医師)
・「勤務中にコロナウイルス感染症に罹患(りかん)した。感染対策には細心の注意を払っていたが、入院された方がいつの間にかコロナウイルス感染症を合併されるという状況が出現、私もいつどこで感染したかが分からないことに慄然とした」(医師)
・「症状の強さと酸素数値の悪さから死を覚悟した。妻に携帯電話で『死ぬかもしれない、子どもたちをよろしく頼む』と伝えた。意識が回復した際には、生きていることが不思議だった」(医師)
 当たり前のことだが、誰もが労働者である以前に人間である。しかしながら、人間である前に「労働者」であることを強いたのが、目に見えないウイルスの存在だった。
 永寿総合病院は、炭鉱のカナリアだったのではないだろうか。くしくも、院長は会見の冒頭で、「私どもの経験をお聞きいただくことで、新型コロナウイルス感染症に対する皆様のご理解やこれからの備えにお役に立てればと」と会見した理由を語っていたけれど、カナリアは涙を流しながら、前に進むしかなかった。
 そして、院長の会見の言葉と手記でつづられた思いからにじみ出ていたのは、厳しい状況でも立派な仕事をしようとする強い意志だ。
  以前、対談でご一緒した産業医で筑波大学教授の松崎一葉氏から、御巣鷹山のJAL墜落事故で救護活動に加わった防衛庁(現・防衛省)幹部の方の話を教えていただいたことがある。
 墜落現場での作業は自衛隊の最前線のタフな人にとっても厳しいもので、ある幹部の男性は「俺には耐えられない。俺には自衛官としての資質がない。このミッションをやり遂げたら、 自衛官を辞そう」と初日に決意。そして、2日目からは何も考えず、無心で厳しい作業に取り組んだそうだ。
 すると、2日、3日と取り組むうちに「この厳しい作業ができるのは俺しかいない。これをできるのは俺たちの部隊しかない」と思うようになった。その自信と誇りを持って最後までやり遂げ、ミッション後もその思いを胸に、定年まで勤め上げたという。
●危機が教えた働くことの原点
 当たり前の日常では忘れてしまいがちだが、私たちが働く意味がここにある。
 不思議なもので、どんなに自分には無理だと思える大変な仕事でも、愚直に向き合い没頭し続けると、有意味感は高まっていく。ここでの有意味感とは、「これは私がやらなければならない仕事だ」という信念である。
 永寿病院の職員の方たちは、自分ではどうにもできない未知のウイルスに襲われ恐怖を感じながらも、目の前の患者さんにがむしゃらに向き合うことで、自分がその仕事を選んだ原点に戻ることができたのではないか。
 そして、組織のリーダーである院長も、本来、「働く」という作業は自分がここに存在する意義をもたらし、組織のリーダーは、そこで働くすべての人たちが有意味感を高める組織をつくる責務を課せられている、という原点に気づいた。
 日常に流されがちな「原点」に戻ったことと、多くの命が奪われてしまった事実が、同じ線上に存在したことはあまりに悲しい。けれども、数名の医療関係者に聞いたところ、「永寿総合病院のスタッフががんばってくれたおかげで、他の病院もがんばれた」「身の危険も顧みずに最前線で闘ってくれたことで、いろんなことが分かり他の病院の参考になった」「助けられなかった命があったことは悲しいけれど、永寿だからこそ助けられた命もたくさんある」という意見やコメントが返ってきた。
 記者会見では、病院経営への影響に関する質問が出ていた。……カナリアはまだ泣き続けている。

河合 薫

 

 

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March 11, 2020

宗教がわかってない人はこの4原則を知らない

宗教がわかってない人はこの4原則を知らない
何を信じ、礼拝し、服し、目指していくのか

中村 圭志 : 宗教学者、昭和女子大学非常勤講師

https://toyokeizai.net/articles/-/334588

宗教は歴史、社会、文化、現代を理解するために必要な教養――。宗教の世界は、歴史の蓄積によるたくさんの言葉、概念、人名などの固有名、特殊な用語にあふれています。しかし、本質的にはかならずしも必要とはいえない情報も多いものです。さまざまな宗教を比較して考え、本質に切り込んだ宗教論を解説した『教養として学んでおきたい5大宗教』から一部を抜粋してお届けします。


近代以前、社会は「宗教」の勢力下に置かれていた

宗教を理解するうえで大事なのは、「信じる」「信じない」ということは脇に置いて、それが近代以前の社会では当たり前の文化だったことを押さえておくことだと思います。
現代は科学の時代ですから、霊や神や奇跡やたたりの話が信じられないのは当然です。しかし、科学が主導権を握るようになったのはほんのここ1、2世紀のこと。ほとんど20世紀の初めまで、社会はどこでも宗教の勢力下に置かれていました。
21世紀の今日でも、イスラム圏のように宗教が大きな力をもっている社会があります。日本や西欧のような先進国でも、霊を信じ、来世を信じ、神に祈る人々は大勢います。アメリカはノーベル賞最多獲得国ですが、キリスト教会の出席率が高いことでも有名です。世界全体を見渡すと、宗教はまだ現役で生きている文化だと言えるでしょう。
歴史を大きく振り返ると、人類が言語的コミュニケーションを始めるようになって数万年経ちます。そのほとんどの期間、人間はその言語の能力を使って「神話」を語ってきました。そして神の名によって戒律を守ったり、死者の霊を供養したりしてきました。
こんなふうに長期にわたる慣性力があるのだから、社会が科学的に営まれるようになったからといって、宗教的な思考法や習慣はそう簡単には変わらないのかもしれません。

宗教とは何でしょうか?

ひとまず、「霊や神のような不合理な(非科学的な)存在の働きを前提とする文化の様式」と定義することにします。
もっと簡単に言うと、「霊や神を語る文化」ということです。
宗教すなわち霊や神の「ファンタジー」は、しばしば、信者に対して道徳的訓戒や人生の指針のようなものを提供しています。
どのようなものを前提としているかによって、次のように分けて考えるのが便利です。
①アニミズム………動物や自然物、先祖などの「霊」を信じる
②多神教……………さまざまな権能を帯びた「神々」を礼拝する
③一神教……………宇宙の独裁者である「唯一神」の権威に服する
④悟りの宗教………人生の霊妙な理法を「悟る」ことを目指す
以下で、それぞれについて簡単に説明します。

① アニミズム――霊の信仰
農業が始まったのは1万年ほど前だとされています。数千年かけて農業は各地に広まりましたが、それよりも昔、人類はどこでも獣や魚を獲ったり、木の実を採集したりして暮らしていました。
この時期の人間にとって、自然は人間を包み込む絶対の母胎のようなものでした。人間はただ自然の恵みをいただいて暮らしているのであり、自分たちが自然界の存在よりも優位に立っているなどという自意識は無かったはずです。今日でも、狩猟採集民は森林やジャングルの動物たちと「対等な立場」で暮らしていると言われます。
そんな彼らにとって、動物は人間と同様の意識をもつ存在です。人間どうしが互いに言葉を交わすようにして、彼らは動物とコミュニケートします。動物も植物も霊をもつ存在であり、人間にメッセージを発している。もちろんそれは擬人的な幻想ですが、ちょうどペットを飼っている人が飼っていない人よりも犬や猫の「言語」の理解に長けているように、彼らは動植物の生態を的確につかんでいたと思われます。
自然界に満ちる霊、すなわち目に見えぬ意識的存在を感じながら暮らす文化を、アニミズムと呼びます。アニマとはラテン語で「霊」「魂」のことです。
霊や魂の信仰において、自然の霊と並んでもうひとつ大きな働きをもっているのは、死んだ人間の霊、祖先の霊です。動物霊と祖先の霊がいっしょくたになっている場合もあります。自分の祖先はオオカミだったというように。

葬式や法事にはアニミズム型の文化が生き続けている
儒教というのは、祖先の霊をおまつりする習慣がそのまま歴史時代の宗教にまで成長した宗教です。命日に死者の頭蓋骨を一族の子供などがかぶり、霊の宿る「かたしろ(身代わり)」となります。霊媒師が祈る中、祖先がこうした形で現世に帰ってきて、子孫たちと交わるのです。この頭蓋骨がやがて仮面に代わり、それが名前を書いた板に代わって、今日日本人が仏壇に収めて拝んでいる「位牌」にまで進化しました。これは仏教の形をとった儒教の交霊術の道具であり、儒教の背後には太古のアニミズムが隠れています。

現代日本人にとって重要な宗教行事は葬式や法事でしょう。葬式にやってきた人々が皆死者の霊を文字どおり信じているわけではないでしょうが、「冥福を祈ります」と言ったり、「亡くなった○○さんが天国で見守ってくれる」などと言って遺族をなぐさめたりするのは、たとえレトリックだとしても、まだ生き続けているアニミズム型の文化です。
「無宗教」を称する日本人ですが、アニミズムの気分はまだ濃厚に残しています。どこそこで人形の供養をした、さらには道具やロボットの供養をしたなんて記事も見かけます。供養(=霊に何かを捧げること)をする以上、人形や道具には霊が宿っているのでなければなりません。

② 多神教――神々の信仰
太古における農業の発明は、人間の動植物に対する優越意識を高めたようです。もはや人類は森林やジャングルの恵みに頼って生きていないからです。人間は種をまいたり、収穫したり、あるいは森林を焼いたり、水路を引いたりして自然をコントロールして暮らすようになりました。
霊的存在も、霊というよりは神と呼びたい存在となります。社会は格差化が進み、富裕な者や豪族が幅をきかすようになり、豪傑や王者のイメージが天界に投影されて、目に見えない王様のような姿の神々を各民族は拝むようになります。
かくして多神教のファンタジーが発達していきました。家ごと、村ごと、地域ごとにそれぞれ因縁のある個性的な神々を拝むわけですから、それらの神々を足し合わせれば多神教となります。また、神々は人間の願望の投影ですから、願望の種類だけ神々の個性も多様化するでしょう。そういう意味でも神々は複数存在することになります。

心理的効果ももたらした神々の信仰(多神教)

多神教のファンタジーにおいては、豊穣の神を拝めば、雨を降らし、農作物を実らせてくれます。戦争の神を拝めば、戦争に勝たせてくれるのです。
昔の人々がどこまでこうした神々の効能を期待していたかは怪しいとは思います。神に向かって雨乞いしたとしても、雨が降るとは限らないからです。しかし、今日でも人々は神社に合格祈願の絵馬を奉納したり、占いを「信じ」たり、疑似科学的な健康法を試したりしています。人間は生の現実よりもファンタジーを信じたがるもののようです。
神々の信仰の多くは共同体の行事です。だから神々を信仰するという形で人々の共同意識を高めるという効果もあります。雨乞いに気象学的効果はないとしても、お祈りの行事をするとき、村人たちが危機感を共有できます。戦いの神に戦勝祈願するときも、兵士たちの士気は上がります。
そのような心理的効果があるのであれば、神の信仰にも立派な社会的機能があることになります。今日では、スポーツ観戦や国家行事における集団的熱狂やナショナリズムの盛り上がりのようなものが、神々を崇める行事に似ていると言えそうですね。

多神教世界の神々は、民族ごと、地域ごとにさまざまです。インドにはインド神話の神々(帝釈天とか火天とか水天とか)がおり、ギリシャにはギリシャ神話の神々(雷てい神ゼウスとか豊穣神デーメーテルとか)がおり、中東には中東神話の神々(軍神マルドゥクとか豊穣神イナンナとか)がいる――こんなふうに多神教は世界中に展開しました。
それらの信仰の一部は今日では死に絶え、一部は今日でも存続しています。例えばギリシャ神話や中東神話の神々はもはや死に絶えていますが(今のギリシャ人はキリスト教徒で、今の中東の人々の多くはイスラム教徒です)、日本神話の神々――アマテラスやオオクニヌシ――は今も健在です。

全部の理想が投影された独裁的な神の存在が求められる

③ 一神教――唯一神の信仰
人類の想像力は次第に発達していき、人生を司る霊的なパワーに関しても、全宇宙、全世界、全人類を支配圏におさめるような強大なものを求めるようになっていきました。
こうなってくると、アニミズムの霊や多神教の神々ではパワー不足です。世界のごく小さな範囲に対してしか権能をもっていないからです。火の神は火だけを司り、水の神は水だけを司る。ある神はある村だけの神、ある神はある民族だけの神です。
というわけで、多神教の神々よりももっと上位の、独裁的な神の存在が求められるようになりました。それが一神教の神――唯一神――です。
一神教の神は、人間の思いつくあらゆる「強さ」「善さ」「機能」「効果」をぜんぶ投影された理想の存在です。
どんな奇跡でも起こせます。あらゆる人間の祈りを聞いています。
逆にまた、あらゆる人間を天空から監視しています。人間たちに善と悪を示します。特別な人間に啓示を与え、教典を与えます(啓示を授かった人間を預言者と呼びます)。
唯一であり、創造者であり、全知全能であり、絶対善である――実に大それたイメージです。
そんなものが本当に存在しているかどうかはともかく、人々はそんな神を想像するようになったのです。

さまざまな哲学者や預言者がこれに類するものを思いつきました。ペルシャではザラスシュトラ(ゾロアスター)という神官がペルシャの多神教の神々を整理して、アフラ・マズダーが絶対なる世界神だと主張しました。エジプトではある王様がアテンという太陽神を唯一神のように拝みました(この信仰は彼一代でついえたようです。彼の死後はまたもとの多神教に戻っています)。
唯一神信仰で大成功をおさめたのは、古代イスラエル民族(今日のユダヤ人のご先祖様たち)のヤハウェ信仰です。ヤハウェはもともと中東の多神教世界の中の一柱の神にすぎなかったのですが、イスラエルの民はこれを唯一絶対の神、天地創造の神と解釈しなおしました。この伝統からユダヤ教が生まれ、のちの時代にユダヤ教からキリスト教とイスラム教が派生します。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は代表的な一神教です。

多神教、一神教それぞれの美点と欠点

一神教は、多神教の神々を否定する形で発達してきました。諸民族の奉じるさまざまな神々はぜんぶ幻だ、というのが一神教の主張です。ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も原理的にはたいへん排他的です。一神教の神は唯我独尊の派生・影響です。

一神教にはジレンマがあります。万人の上に立つのが唯一神ですから、万人はこの神の前に平等とされます。しかし、その神を信じない人に対しては「真理に背くヤツ」ということで批判的な目を向けます。だから、事実上、「信者 vs. 異教徒」という差別意識が現れるのです。「平等だ、愛だ、平和だ」と唱えつつ、異教徒の弾圧を行う――そういう悪い癖が一神教にはあります。
これに対して、多神教は通例、ほかの民族の宗教に対して寛容です。神々が多いのに慣れていますから、民族Aの神々と民族Bの神々は容易にごっちゃになってしまいます。
古代ローマ帝国では、ローマの神々もギリシャの神々もエジプトの神々もシリアの神々も自由に拝んでいました。日本の「七福神」はインドと中国と日本の神々のチャンポンです(弁天と毘沙門天はヒンドゥー教の神、布袋は仏教の菩薩、福禄寿と寿老人は中国の道教の神、大黒はヒンドゥー教のシヴァ神と日本のオオクニヌシの合体、恵比寿だけが神道固有の神です)。
では、多神教に比べて一神教はひどい宗教かというと、そうとも言い切れません。
一神教は「人間は神の下に平等だ」というファンタジーをもっていますから、弱者に対する慈善活動に熱心でした。
多神教は概して押しつけがましくない一方で、チャリティーにも不熱心です。インドの多神教であるヒンドゥー教では、カーストと呼ばれる身分差別が肯定されていました。
寛容だが不平等を是認する多神教と、平等を目指すが不寛容な一神教――それぞれに美点と欠点があるわけです。

④ 悟りの宗教――宇宙と人生の理法を悟る
多神教の神々を超えたパワーの信仰として、一神教について説明しました。一神教はユーラシアの西半分(ヨーロッパ、中東)とアメリカに広がっています。
ユーラシアの東半分(インドや東アジア)では一神教への展開はあまり見られませんでした。この地域には多神教が濃厚に残っています。しかし、この地域では、悟りの宗教が発達しました。

・ヨーロッパや中東    一神教
・インドや東アジア地域  多神教+悟りの信仰

多神教を組み込み、悟りを目指したインド・東アジア

中東のほうで一神教が始まった頃、インド人はあらゆる生き物――人間のみならず動物も含む――の運命を司る〔輪廻〕の法則を信じるようになりました。一神教では、人は死後に神の審判によって天国か地獄に割り振られます。インドの場合、この審判の機能を果たすのは輪廻です。善人は好ましい生に生まれ変わり、悪人は悪しき生に生まれ変わる。それはすべて「自業自得」なのです。
また、修行することによって、この輪廻の束縛から逃れる(=解脱する)という思想もあります。輪廻から逃れた先に向かう理想的状態を、仏教では〔涅槃(ねはん)〕と呼び、ヒンドゥー教では〔ブラフマン〕と呼んでいます。
仏教の究極的理想は、悟りの境地である涅槃に至ること(成仏ともいう)であり、ヒンドゥー教の究極的理想はブラフマンに融合することです。

中国では〔陰〕と〔陽〕という2つの原理によって世界や人間の運命が転変すると考えました。陰陽の究極的な出どころを太極と言います。さらに儒教では〔仁〕が人の進むべき理想だと考え、そのための礼儀を尽くすことを勧め、道教では〔道(タオ)〕が人のならうべき見本だと考え、そのため無為自然に生きることを推奨しました。

つまり儒教や道教でも、1種の悟りを求めることを推奨しているのです。
仏教式の悟った人が「仏」で、儒教式の悟った人が「君子」で、道教式の悟った人が「仙人」です!
東洋における悟りという理想は、多神教の神々をも支配するものです。つまり、神々もまた悟りを求めて修行する必要があるのです。
キリスト教やイスラム教などの一神教は多神教の神々を蹴散らしましたが、インドや東アジアの宗教では、多神教を悟りの宗教の中に組み込みました。神々と人間がともに宇宙の理法にしたがい、それを悟ることを目指すというようなシステムです。

 

 

 

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February 19, 2020

ろくな記事しか載せない


ろくな記事しか載せない 東洋経済ですが
チョットわたし胸が熱くなった

https://toyokeizai.net/articles/-/328182?page=2

、「もしこういうことをするなら、『Think fast Plan fast Act fast』」といった。

今のゴーン被告については、擁護するつもりはない。ただ彼が存亡の危機にあった日産を救った事実は変わらない。

アメリカで30年相場を見てきた筆者の持論では、危機管理と緊急事態での判断は誰にでもできるものではなく、特殊な才能を持った人にしかできないと思う。主観では、安保体制の中、戦後の70年間、どっぷりと平時に染まった日本の政治力では、そのようなスペシャルな対応が可能か疑問である。ならばこういう時こそ、当時の日産にならい、プライドを捨ててでも必要なら外部の専門家を雇うべきだろう。

トランプ大統領が911で勲章を授与したある人物

そこで、ある逸話を紹介したい。昨年9月、ドナルド・トランプ大統領は、英国出身の軍人である故Rick Rescorla(リック・レスコーラ)氏に、亡くなってから18年経って個人としては最高勲章の「メダルオブオナー」を与えた。同氏はベトナム戦争に数百人の部下を持つ部隊長として従軍。2000人以上の敵兵に囲まれながら、部隊を鼓舞し、援軍がくるまで持ちこたえた戦場の英雄である。

数々の勲章を得た同氏は、退役後、民間のセキュリティ会社に移り、1990年代には、アメリカの大手金融機関のモルガン・スタンレー社でWTC(世界貿易センタービル)にある本社のセキュリティ総責任者になった。そして1993年の最初のWTCテロが起こる直前、ビルの構造上、爆弾を使ったテロが駐車場で起こる可能性が高いと判断、それに沿った避難訓練を徹底した。

そして氏の想定通りのテロが起こり、最小限の被害で抑えたことで評価を高めた同氏は、返す刀で「次は飛行機による空からの攻撃になる。だから本社を移転すべき」と、本社幹部に進言した。だが本社はリース契約が2006年まで残っているとの理由で移転を拒んだ。

そして運命の2001年9月11日。WTCのサウスタワー44階で衝撃音を聞いた同氏は、ノースタワーの火災が飛行機によるテロだと確信。状況把握に手間取った当局が(NY湾岸管理局)、サウスタワーの人は塔内に留まるように命令を出す中、レスコーラ氏は行政からの命令を無視。社員2700人を非常階段から速やかに退避させた。そしてまだ管内に残された社員がいるとの一報を受け、2機目が追突し炎上が始まっていたサウスタワーに向かった。途中、妻に電話をかけ、もし自分が戻らない場合、君に感謝していたことを忘れないでほしいと言い残した。

これ読んで思い出したのが
陸軍中将・根本博
終戦時、内蒙古・北京に在留する日本人を無事に帰還させた陸軍中将・根本博は、その恩義を返すため、4年後に密航で台湾に渡り、蒋介石を助ける。海峡を越える感動の歴史ノンフィクション。

この命、義に捧ぐ 台湾を救った陸軍中将根本博の奇跡

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February 01, 2020

嘘くさい 右翼が気になる今日この頃(^^;;

平成の大ベストセラー『国民の歴史』の西尾幹二が語る「保守と愛国物語への違和感」
“最後の思想家”西尾幹二83歳インタビュー #1
https://bunshun.jp/articles/-/10473


https://bunshun.jp/articles/-/10475
――西尾さんは『保守の真贋』(2017年)で日本会議や国民文化研究会、日本政策研究センターといった安倍首相を運動的・思想的に支える組織を「保守系のカルト教団」と強い言葉で批判されています。また安倍首相自身に関しても「拉致に政権維持の役割の一端を担わせ、しかし実際にはやらないし、やる気もない」と厳しく批判しています。

西尾 安倍さんについては、私にだけではなく多くの人の目に、その正体が現れたという思いが年々強くなっていますね。人たらしって言うのかな、威厳はないけれども敵は作らない絶妙さを持っている一方、旗だけ振って何もやらない無責任さがあります。憲法改正がいかに必要であるか、炉辺談話的に国民に腹を割って説明をしたことが一度でもありますか。中国の脅威について、世界地図を広げながら国民に説明したことはありますか。憲法改正についても安全保障についても、やるやるとぶち上げておきながら、はっきりしたことは示さないまま時間切れを迎える。

 

#1#2#3と在りますが
面白いね、

歴史教科書問題とかもう随分昔の話ですが
当時のもめ事の内幕わかり(((((・_・;)

これじゃ 嫉妬  
オームの連中と大して変わらん
後に自殺したのも居たけどけど、

ああぁ~こんなヤツだったんか

稲田朋美にガッカリしたのと同じじゃんか(^^;;

 

 

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January 12, 2020

社長の夫が一転、月収20万円。その時二人の子がいる妻が選んだこと

社長の夫が一転、月収20万円。その時二人の子がいる妻が選んだこと
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67682
2008年9月15日。この日を境に人生が変わった人は世界中にいるはずだ。そう、リーマンショックである。アメリカの大手投資銀行リーマン・ブラザースの破綻により、一夜にしてすべての財産や家、そして職を失う人が続出した。
では、もしも子どもが二人いる家庭で、大黒柱として働いていた夫が、その影響で失業したら――。

経営している工場では、数人の正社員のほか十数人のパート社員を雇っていた。父親の代から勤めてくれている人も多く、正月に社長宅に遊びに来たり、みんなでバーベキューをするなど家族的な付き合いをしていた。そんな輪に美沙さんも、生まれた子どもたちも加わって――絵に描いたように幸せな結婚生活だった。
会社の倒産で歯車が変わる
それが結婚して5年後、元夫の会社が倒産してから歯車が狂い始めた。
「リーマンショック後の不況の影響で、海外にどんどん仕事をとられてしまい……。結局、工場も家もすべて取られる形で潰れてしまいました。義母の住まいも失ったので、借家で同居することに。でも、私としては、そんなことは別に問題なかったんです。それより元夫が落ち込みすぎて、ボロ雑巾のように覇気がなくなってしまったのが辛かった。まだ仕事がうまくいっているとき、冗談めかしてではありますが『会社が潰れたら俺は死ぬ』と言っていたことがあったので、自殺だけはしないようにと、腫れ物に触るような感じで暮らしていました」
美沙さんの収入でとりあえず生活はできたので、元夫は流通センターで梱包などのアルバイトをし、日銭を稼ぎながら正社員の職を探した。でも、40も半ばを過ぎた「元社長」を雇ってくれる会社など、なかなかない。
最終面接まで進んでも、「元社長」だと知られると断られるケースも多かった。確かに、使いにくい人材ではあるだろう。
「本人が一番苦しいんだろうから、就職活動については一切、口を出しませんでした。当然、不安でしたが、優秀だし人望もある人なので、心のどこかで、いつか自分で何か始めてくれるんじゃないかと期待していたんです」
これは、私が好きになった彼じゃない
結局、元夫は美沙さんが望んだような形ではなく、タクシードライバーの職を見つけ、正社員として落ち着いた。月収約20万円。
「口には出しませんでしたが、子ども2人の父親として20万円ってどうなの、と思いました」
「ドライバーが悪いというわけでは全然、ない。でも、運転が好きだというわけでもない元夫が、積極的に選んだ仕事ではないのは明らかでした。実際、笑顔も減りましたし……」 
家族のために働こうとしてくれているのだから感謝すべきだと、頭ではわかっている。しかし、

お金のあるひとが向上心があるとは限らない。
お金がなくなると 輝きを失う人は多い。
貧乏に勝つ 愛はない
お金で幸せは買えないが、不幸は追い払える

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November 13, 2019

ハーバードが学ぶ日本企業

恐れのない職場がトヨタの強み ハーバードが見る組織
ハーバードビジネススクール教授 エイミー・エドモンドソン氏(上)
2019/11/4
ハーバードが学ぶ日本企業

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO51507320Y9A021C1000000?&ora

最新刊「恐れのない組織:職場に学習力・イノベーション・成長をもたらす心理的安全性の創出(The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth)」は、「心理的安全性」をテーマとした本です。この本を執筆した動機は何ですか。

心理的安全性は学界のトレンド

大きな障壁となるのがパワー・ディスタンス(権力格差)です。パワー・ディスタンスが大きい文化をもつ国や企業では、心理的安全性を創出するのがより難しくなります。フラット型組織であっても、階層的なピラミッド型組織であっても、変化の激しい現代を生き抜いていくには、心理的安全性を創出するような文化をつくることが不可欠なのです。


人間関係より仕事に集中させたホワイトボード

ホワイトボードは、目の前の状況に対する「健全な恐れ」を軽減し、人間関係よりも仕事に焦点を集中させる役目を果たしたと思います。多くの人々が同時に、迅速に行動しなくてはならない緊急時において、「バウンダリー・オブジェクト(異なるコミュニティーやシステムの境界をつなぐもの)」を設けるのは、とても重要なことです。

佐藤 先ほど「人間は将来、起こりうる重大な事態よりも、目の前の人間関係を優先してしまう習性がある」とおっしゃいましたが、増田氏は極限状態においても、メンバーが不健全な恐れを抱くことなく、それぞれの役目を果たせる環境をつくったということですね。

エドモンドソン 繰り返しになりますが、人間は非合理的な決断をする存在です。顧客に対するサービスを向上させることよりも上司からの評価を優先してしまいますし、患者や乗客の生死に関わるような状況でも職場の上下関係を優先してしまうのです。

人間は、「どうやったらうまく印象操作ができるのか」を常に考えています。無意識のうちに「周りの人たちからの印象をコントロールしたい」と思ってしまうのです。そのため、「自分はどう思われているか」という懸念が人間から消え去ることはありません。

リーダーの役割は、人間には、目の前の人間関係よりも、もっと重要なことがあることを示すことです。「印象操作なんてチームのビジョンを達成するのに何の役にも立たないよ」と伝えることです。さらにはチームメンバーが「自分がどう思われているのか」を気にしないで、自由に発言できるような環境をつくることです。

「チーム増田」のメンバーは「こんな報告をしたら上司や同僚にどう思われるか」などと心配することもなく、増田氏に問題を報告し、事態を打開するためのアイデアも提言し、迅速に行動していきました。これはまさに増田氏がすべてのメンバーに正しい優先順位を示したからだと思います。

なぜ私たちの会社は存在しているのか
エドモンドソン 最も重要なのは、職場における心理的安全性を創出することが、会社の存続・成長にとって不可欠であることを社員に伝えることです。「新しい事業アイデアや改善案があればどんどん提言してください」と言われても、その理由がわからなければ、かえって萎縮してしまうでしょう。

その話の中で、「なぜ私たちの会社は存在しているのか」を社員に問いかけることも効果的です。自分の仕事の価値がわかれば、主体的に仕事に取り組めるようになるからです。


私が提言しているのは、
「どんな状況にも謙虚に向き合いなさい」ということです。私たちの生きる現代社会は複雑で、不確実で、予測もできません。新製品を市場に出すときでも、サプライチェーンを管理するときでも、リーダーは「自分の周りの状況はすべて理解できないものだ」という前提で、柔軟に対応しなくてはならないのです。そうでなければ、想定外のことが起こるたびに動揺してしまい、チーム全体がリスクにさらされてしまうでしょう。つまり、「不確実性に対して謙虚に向き合う」ということは、「どんな状況にも賢く対応する」ということなのです。

リーダーが「好奇心」を持ち続けることもとても重要です。人間は「私は現実を正しくとらえている」と過剰な自信を持ってしまうものです。特に大人になればその傾向が強まります。「私の見方こそ正しい」と無意識のうちに思い込み、あえて他の視点から学ぼうとしないのです。会社の経営者や管理職は「リーダーたるもの、確固たる答えを部下に示さねば」と考えがちですが、むしろリーダーの役割は好奇心を持って部下や周りの人に質問することなのです。

リーダーがどんな状況にも謙虚に、好奇心を持って向き合えば、メンバーは自然と心理的安全性を感じることができます。



命令ではなく質問すること

まず上司は部下に、リーダーはメンバーに、命令するのではなく、質問することです。これはメンバー同士でも重要なことです。質問は、心理的安全性を創出するのに役立ちます。上司から意見を求められれば、思っていることを発言しやすくなるからです。

次に、問題を報告されても、怒ったり、感情的になったりせず、建設的に対応することです。私が特に勧めているのは「問題を報告してくれてありがとう。問題を解決するために私にできることはありますか」と聞くこと。リーダーが一緒に解決してくれようとすることがわかれば、チームの心理的安全性はさらに高まります。

大手化学会社、イーストマン・ケミカルのマーク・コスタ最高経営責任者(CEO)は、ハーバードビジネススクールの授業に招かれた際、「CEOとして最も怖いのは、社員も役員も真実を伝えてくれなくなることだ」と語っています。彼は意図的に嘘をつかれることを恐れているのではありません。真実が組織の上まで上がってこないことを恐れているのです。

人は出世すればするほど、保守的になります。中間管理職が自分のチームの中に心理的安全性を創出することに成功し、現場の問題があがってくるようになったとしても、その上の部長が「この件は役員には伝えたくない」と考えれば役員まであがりません。あるいは、部長がその上の役員に自分の部の問題を報告したとしても、役員が「この件はCEOには伝えたくない」と考えれば、CEOにまであがることはないのです。社員が「私の上司は良い報告だけを求めている」と考えている会社は、遅かれ早かれ危機にさらされるでしょう。


平時にも非常時のような協力体制を

リーダーが「今はあなたが会社にとって大切なイノベーションを創出する機会なのだ」ということを示さなくてはなりません。

革新的な製品やサービスを生み出すプロジェクトというのは、社内で「感染していく」と思います。イノベーションのスピードをあげるには、現場に象徴的なプロジェクトをいくつかつくることです。社運をかけたビッグプロジェクトにする必要はありません。大きすぎず、小さすぎないサイズの部門横断チームで様々な製品やサービスを開発して、市場に出して試してみることです。そして、何が売れて何が売れないのか、迅速に学習することです。

プロジェクトづくりで参考になるのは、タフツ大学の経営学者が提唱し、セーブ・ザ・チルドレンのジェリー・スターニン氏によって実証された「ポジティブ・ディビアンス」(Positive Deviance =良い方向への逸脱者)という概念です。これは、集団の抱える問題を解決し、集団全体を良い方向へ導くためのアプローチです。

「ポジティブ・ディビアンス」とは、他の集団と比べて非常識な行動をとっているのに、うまく問題を解決している「逸脱者」のこと。この「逸脱者」は、個人であることもあれば、集団や企業であることもありますが、リソース(ヒト、モノ、カネなど)がなくとも、周りとは異なる戦略やアプローチで問題を解決するのが特徴です。この逸脱者の独自の戦略やアプローチを研究し、その同じ環境下にある人々に適用することは、集団全体の問題を解決するのに有効であることが、フィールド調査から実証されています。

これは外部の人や専門家のアイデアを取り入れるよりも有効なアプローチです。というのも逸脱者の戦略は、同じコンテクスト、同じリソースで効果を発揮することがすでにわかっているからです。

「ポジティブ・ディビアンス」はセーブ・ザ・チルドレンのような慈善団体だけではなく、営利を目的とする企業にも有効だと思います。1つの「ポジティブ・ディビアンス」は、他のプロジェクトにも感染し、やがては会社全体へと感染していくことでしょう。それがひいては、日本企業全体のイノベーション力を高めることにつながると思います。





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November 05, 2019

40代のリストラ加速。人手不足は大嘘で、超低賃金の単純労働者だけを求める日本社会

40代のリストラ加速。人手不足は大嘘で、超低賃金の単純労働者だけを求める日本社会=今市太郎
https://www.mag2.com/p/money/786868

ほかの会社では通用しない。サラリーマンの「一生働く」は困難に

有能な人材以外は会社に残れない時代が鮮明になりつつあります。

東京商工リサーチが大規模な早期退職者募集を行う企業の状況を発表していますが、2019年の上場企業の早期退職や希望退職の対象が9月末時点で既に27社・計1万342人を超えたことを発表しています。

年間1万人を超えたのは6年ぶりということで、リーマン・ショック後の2010年を超える状況となっているようです。

また1,000人規模の早期退職募集を行う企業は今年上半期だけでも3社あり、つい最近ではセブン&アイ・ホールディングスが3,000人規模のリストラを発表しており、雇用情勢はかなり悪化していることがわかります。

いわゆる肩たたきによる退職というものは想像以上に進んでいることを、あらためて実感させられます。

景気の悪い企業では人員削減やむなしという見方も強いわけですが、本邦企業の内部留保額が日本のGDPと同額もしくはそれを上回るほどになっている状況下で、高収益企業でも人員削減が断行されようとしているのは、正直驚き以外の何物でもない状況です。

 これまでバブル入社組で過剰に雇用してしまった45歳以上が一斉に人員削減の対象として狙われてきている話は、当メルマガでも何回かご紹介しています。

足元では、とうとう40歳から早期退職のターゲットになりはじめているようで、日本の企業はすでに新卒から20年会社にはいられないところになってきていることがわかります。

足元の中途採用は、社内に存在しないケイパビリティを補うことが中心になっており、一般企業におけるきわめてコモディティ化している人材のほかの企業への労働移動がかなり難しいことが目立ちはじめています。

たとえば自動車業界であれば、既存の自動車の設計生産の知見をもつ者よりも、IoTやAIといったまったく業界内に存在しなかったようなケイパビリティが求められるわけですから、既存の業界経験というものがほとんど有効に機能しないという現実があるわけです。

またM&Aの加速により同業社に買収されるリスクも非常に高くなってきていますから、これまでのように自社内では際立った知見の存在でも、買収先では必ずしもそうではなくなるという評価激変の可能性が高まりつつあります。

大手企業の40歳からの早期退職などが顕在化するのはこうした企業の環境変化の現れであり、これからはサラリーマンが一生働き続けることがきわめて難しい時代になってきていることを痛感させられます。

これまで正規か非正規かという問題は労働市場でも大きな議論の対象となってきましたが、どうやら問題はそういうレベルではなくなっているようです。

低賃金長時間労働力が欠如しているだけで、マクロでの人手不足は大嘘

すでに40歳からの早期退職が猛烈に加速するご時世を見ていますと、人手不足がかなりウソであり、実際には低賃金で長時間、大した保険にも加入しないなかで働いてくれるような人材や、建設関係の労働力、介護にかかわる労働力などが圧倒的に不足しているだけであることがわかります。

大手企業の40歳からの早期退職などが顕在化するのはこうした企業の環境変化の現れであり、これからはサラリーマンが一生働き続けることがきわめて難しい時代になってきていることを痛感させられます。

これまで正規か非正規かという問題は労働市場でも大きな議論の対象となってきましたが、どうやら問題はそういうレベルではなくなっているようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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October 09, 2019

中国・習近平が狙う「仮想通貨」の覇権 ☆☆☆

中国・習近平が狙う「仮想通貨」の覇権、米国をしのぐヤバすぎる思惑
米中の衝突はこんなところでも…
加谷 珪一
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/67675

中国政府が独自のデジタル通貨を発行することがほぼ確実な情勢となってきた。

米国政府は米フェイスブックの仮想通貨「リブラ」について「国家安全保障上の問題(ムニューシン財務長官)」とまで言及。表面的には敵意をむき出しにしているが、水面下では次世代の通貨覇権の確立に向けた激しい駆け引きが始まっている。

「リブラ」をきっかけに一気に計画が具現化

中国は2014年からデジタル通貨について検討を続けてきたが、しばらくの間、状況は不明のままだった。だが今年8月に中国の中央銀行関係者が「(デジタル通貨について)発行準備が整った」と発言、一部では11月にも発行が開始されるとの報道も出ている。中国政府が正式に発表したわけではないが、中国がデジタル通貨の運用に乗り出す可能性はかなり高まったとみてよいだろう。
デジタル人民元の詳細は明らかではないが、匿名性があり、自由に送金できる仕様になっているとの見方がもっぱらである。使えるプラットフォームが限定され、個人の銀行預金と紐付けられている既存の電子マネーとは根本的に異なる存在であり、流通している現金通貨を置き換えることを目的とした、本格的なデジタル通貨と考えられる。
5年間も検討を続けていたにもかかわらず、ここに来て計画が一気に具現化してきたのは、米フェイスブックが「リブラ」の発行計画を発表したことと無関係ではない。

リブラはビットコインと同様、ブロックチェーンの技術を使って開発される仮想通貨だが、ビットコインとの最大の違いは、ドルやユーロなど既存通貨によって価値が担保される点である。
リブラはリブラ協会と呼ばれるコンソーシアムが通貨を管理する予定だが、リブラ協会はドルやユーロといった既存の法定通貨を保有し、この保有資産を裏付けにリブラを発行する仕組みとなっている。リブラと既存通貨の交換レートは変動するものの、各国通貨のバスケットになっているので、価格変動は穏やかなものになる。
IMF(国際通貨基金)には、主要通貨をバスケットにしたSDR(特別引出権)という、事実上の国際通貨があるが、リブラはこれに近い仕組みと考えてよいだろう。主要通貨をベースに通貨を発行するという点では、保有するドル資産などを裏付けに、政府ではなく民間企業が通貨を発行している香港ドルとも似ている。
日本では政府が発行しないと通貨ではないといった議論をよく耳にするが、それは単なる思い込みである。経済学的に見た場合、通貨というのは、それに価値があると多くの人が認識すれば、通貨として流通する性質を持っている。政府の方が民間よりも信用度が高いので、法定通貨の方が流通しやすいのは事実だが、民間が発行主体であっても、通貨の要件を満たさないわけではない。
では、なぜ中国政府はリブラの計画をきっかけに、デジタル通貨の発行を進める決断を行ったのだろうか。その理由は、リブラが持つ潜在力が想像以上だったからである。

中央銀行が持つ「利権」が脅かされる

リブラについては、各国から様々な懸念が寄せられており、マネーロンダリング対策などで協議を進めていくとしている。だが、リブラにはマネロンに関する懸念があるという各国通貨当局の説明は、額面通りには受け取らない方がよいだろう。もちろん、匿名性の高い仮想通貨が世界に流通すれば、犯罪資金などの温床になる可能性はあるが、現金とは異なり、仮想通貨は理屈上、その行方を電子的に追跡できる。
現金ほど匿名性が高く、犯罪やテロに利用しやすい決済手段はほかにない。それにもかかわらず、現金が主な決済手段として全世界で使われている現状を考えると、仮想通貨が普及するとマネロン対策ができなくなるというのは杞憂に過ぎないことがお分かりいただけるだろう。
各国の通貨当局が本当に恐れているのは、マネロンなどではなく、リブラのような仮想通貨が普及することで、中央銀行が持つ巨大な利権が脅かされることである。
現代の金融システムは、中央銀行が通貨を一元的に管理し、傘下にある民間銀行を通じてマネーの流通をコントロールすることで成り立っている。中央銀行はその気になれば、その国の経済を自由自在に操ることができるので、この仕組みは、中央銀行を頂点とした銀行による一種の産業支配システムと言い換えることもできるだろう。

実際、銀行は他の業種とは異なる位置付けとなっており、金融関係者は特別なエリート意識を持っている。経営危機となっても銀行だけは政府から救済してもらえるのは、銀行が特権的な立場にあるからにほかならない。
ここでリブラのような仮想通貨が広く流通する事態になると、状況が一変する。
中央銀行による統制が効かないマネーの比率が増えれば、金融政策の効果は半減し、中央銀行が持つ権力も大きく削がれることになる。金融機関にも十分な情報が入らなくなり、一般企業に対する支配力も大きく低下してしまうだろう。日本のような小国の場合、金融システムと産業界との力関係の話に過ぎないが、米国や中国といった覇権国になると状況がまるで変わってくる。

「通貨覇権」の影響力はすさまじい

米国は常に巨額の貿易赤字を垂れ流しているが、それは多額のドルを世界にバラ撒いていることと同じである。つまり米国は貿易赤字を通じて全世界にドル経済圏を構築しているわけだが、世界経済におけるドル覇権の影響力はすさまじく、各国企業はドルなしでは経済活動を継続できない。

日本がいくら物作り大国だといっても、日本製品を日本円で買ってくれる顧客はおらず、ほとんどの日本企業はドルで代金を受け取り、金融機関を通じて日本円に替えなければならない。世界のすべての取引にドルが介在するので、米国は圧倒的な影響力を世界に行使できる。
近年、グローバル化が進み、海外にも気軽に送金できるようになったが、銀行間の送金ネットワークも実は米国がドルベースで構築したものであり、ドル覇権と密接に関係している。海外送金が簡単になったのはドルが普及したことが要因であって、多国籍という意味でのグローバル化が進んだ結果ではない。

ドル覇権が続く限り、米国には金融機関を通じて世界のあらゆる情報が集まってくるが、インテリジェンス(諜報)の世界において、これほど有益な仕組みはほかにないだろう。保守的な日本人にはまったく理解できない話かもしれないが、通貨覇権国というのはお金の動きをチェックするだけで、全世界の情勢をほぼリアルタイムに把握できてしまうのだ(たいていの政治的な動きにはお金が関係する)。
近年、このドル覇権に対して公然と挑戦状を叩き付けたのが中国である。中国は人民元をベースにした独自の銀行送金ネットワークの構築に乗り出しており、ドル覇権を周辺から突き崩そうとしている。もし中国が米国に準じる金融覇権の確立に成功すれば、日本のような小国はひとたまりもないだろう。

このような現実を考えると、全世界で27億人の利用者を持つフェイスブックが、本格的な仮想通貨の計画を打ち出したことのインパクトが、米中の通貨当局にとっていかに大きいことなのかお分かりいただけると思う
すでに戦争は始まっている
これまで規模の小さい途上国は、ドル覇権の下にぶらさがる形でしか通貨システムを構築できなかった。内戦が続き国土が荒廃したカンボジアでは、国連による暫定統治で経済を復活させたが、金融システムはドルと現地通貨の二本立てとなっている。現在、カンボジアはめざましい経済発展を遂げているが、これはカンボジアがドル経済圏であることと無縁ではない。

中国はカンボジアを中国経済圏に引き入れようと、莫大な資金を投下しているが、企業における決済や預金、投資がドルになっている以上、中国もそのルールに従わざるを得ない。通貨覇権を握っていることは、何兆円もの経済援助をはるかに上回る効果がある。
もしリブラが世界に普及した場合、自国通貨とリブラの二本立てで金融システムを構築する新興国が出てきても不思議ではない。こうした新興国は、リブラを交渉材料に、ドル覇権を狙う米国と人民元覇権を狙う中国を上手くてんびんにかけ、双方から好条件を引き出そうとするだろう。

つまりリブラという仮想通貨は、これまで構築してきたドル覇権を脅かす存在であり、そのドル覇権に対して挑戦状を叩きつけている中国にとっても、それは同じことである。

中国は発行を計画している人民元のデジタル通貨を用いて、国際的な人民元の普及を画策する可能性がある。表面上はリブラとは対立関係にあるが、この世界は「蛇の道は蛇」であり、リブラとデジタル人民元が共存することも十分にあり得るし、米国政府が水面下でフェイスブックとの交渉を進めている可能性も否定できない。

さらに言えば、ユーロ陣営や英国の動きにも注目する必要がある。
ユーロ圏各国は、表面的には仮想通貨規制で各国と足並みを揃えるというスタンスだが、ユーロ圏内では、ビットコインなどの仮想通貨を自由に流通させている(英国も同様)。欧州各国が、仮想通貨に対して警戒感を示しつつも、ドル経済圏に対する牽制球としての役割を仮想通貨に期待している面があるのは明らかだ。

日本では相変わらず、仮想通貨に対して感情的な議論ばかりだが、国際社会では、水面下で次の通貨覇権の確立に向けた権力闘争が始まっているのだ。

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