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December 06, 2008

堺屋太一が語る“格差是正”の処方箋

堺屋太一が語る“格差是正”の処方箋
「人脈、情報、地域の固定化で拡大した格差を解消せよ!」

週刊ダイヤモンド編集部
【第41回】 2008年12月03日


格差が存在すること自体が悪ではない。問題は、逆転する機会が与えられているかどうかだ。「健全な格差とは何か」を真剣に考えなければ、いずれ世の中は立ち行かなくなる。著名作家にして稀代の論客でもある堺屋太一氏が、日本を覆う格差の構造とその拡大・固定化について、そして格差是正の方策について、持論を寄せた。


 あるとき、慈悲深い神様は、仔羊が狼に食べられるのを見て憐れに思われて、狼の牙を抜いて羊に変えられた。羊たちは平和に暮らせるようになった。ところが数年たつと羊の数が増え、一部の力強い羊が草原を占拠、弱い羊は飢え出した。

 神様は飢える羊を憐れに思われて、羊たちに等しい広さの草原を割り当てられた。それで羊たちの争いはなくなったが、どの羊も痩せ衰えて死んでしまった。神様にも草原を広げることはできなかったのだ。

 この神様の名はカール・マルクスだったか毛沢東だったか、日本の官僚だったかもしれない。

 やがて神様は交代した。今度の神様は前任者の失敗に懲りて逆のことをやり出した。狼たちに羊を捕る自由を許すとともに、いっそう強力な牙と知恵を与えた。地上は弱肉強食の場となり羊は喰い尽くされ、狼たちの共喰いが始まった。数年後には一頭の巨大な狼だけが荒野をさまよっていた。

 このときの神様はデビッド・リカードとも 鄧小平ともいう。東の島国では小泉純一郎だという者もいるらしい。

神様にもコントロールできない
格差と競争促進のバランス
 格差是正の規制強化か、経済合理化を貫く競争促進か――これは人類史上絶えることのない課題である。それが今、日本でも重大な問題となっている。大事なのは、これを論じるに当たって3つのことを正確に知っておくことだ。

 第1は、現実にどのような格差があるのか。第2は、それはどのようにしてできたのか。第3は、世界はどのような方向に流れているのか。その流れに、日本だけが逆らえるものではあるまい。

 1980年代、日本は経済の高度成長にもかかわらず格差は縮み、都市化しても犯罪は増えず、給与差は少ないのに社員は皆勤勉、学歴による所得差は小さいのに少年たちは受験勉強に熱心だった。この国が「奇蹟の成長」とも「近代工業社会の天国」ともいわれたのは、このためである。

 もっとも、この「天国」の住民が皆幸せだったわけではない。「天国」から墜落しないためには必死に雲にしがみついていなければならない。選択の自由も個性を発揮する道も封じられ、ひたすら日本式ルールを守ることを強いられていた。

 幸いなことに、幼少期に戦争の恐ろしさや戦後の物資不足を経験した団塊の世代以前の日本国民には、それもさして苦にならなかった。冷戦対立の状況下では、あえて咎める外国もなかった。

 ところが、90年代に入ると様相が一変する。まず、バブル景気が弾けて成長が止まり、いろんな分野にバラまかれていた格差解消の原資がなくなった。財政も企業も家計も、非効率事業や過剰人員を養う余裕を失ってしまった。

 第2に、冷戦が終わったことで世界の目が厳しくなった。グローバル化の波が、この国だけを例外とすることなく押し寄せてきた。

 第3に、人類の文明が「物財の豊かさ」こそ幸せと信じる工業思想から、「満足の大きさ」が幸せと考える知価思想に変わった。加えて、この国でも物財不足など知らない団塊ジュニア(70年代中頃生まれ)が社会に出るようになった。これによって、日本の戦後構造は劇的に崩れ出した。

人脈、職縁、地域の違いで発生
日本を覆う「3つの格差」の根源
 2008年の今、日本には3つの格差が存在する。

 第1は、国会議員や俳優・芸人などの二世ブームに象徴される親の顔による格差だ。ここで注意すべきは、資本主義にもかかわらず財産相続による世襲は必ずしも増加していないことだ。

 確かに70年代から急成長した新興企業の創業者が、自社株など巨額の資産を子女に継がせてオーナーの座を世襲させる例は何十かある。その一方では、パナソニック(旧松下電器産業)、三洋電機、西武グループからアデランスやすかいらーくまで、創業家が中枢からはずされる例も多い。なによりも地方では資産家が壊滅、「二世」といえるような裕福な相続人は激減している。

 この国の二世は、親譲りの財産によるものではない。政界や選挙区、テレビ関係者や芸能界で親が築いた人脈によって引き立てられた人びとだ。いわば「人脈格差」ともいうべきものである。

 第2の格差は、最近目立ち始めた正規社員と非正規社員、つまり官公庁や大企業の組織に入り込んだ「職縁人」と、そうではない「無縁人」の格差である。

 いつの時代でも、短期雇用の低賃金労働者は存在する。80年代までその役割を担ったのは地方の兼業農家からの出稼ぎと若年勤労者、とりわけ結婚・出産で退職が予想された女性である。

それでも雇用数を変動できる臨時労働力は必要である。欧米諸国では、その多くが新来の移民労働力に委ねられている分野といえる。この国では、それを職縁社会に入り切れない「無縁人」に押し付けることになった。

 低賃金で雇用も不安定な「無縁人」には同情を禁じえない。しかし、官僚規制によって日雇い派遣などの臨時雇用をなくせば、この国の産業、とりわけ流通サービスや都市機能維持は高コストになり、社会の質の劣化と職場の海外流出を招くだろう。日本全体が貧しく不便で住みにくい国になるに違いない。

 日本に存在する第3の格差は、東京圏とその他の地方のあいだの地域格差だ。これも21世紀になってからすさまじく拡大している。

 日本では「有機型地域構造の確立」を目指す強烈な国土政策が行なわれてきた。それは頭脳機能を東京一極に集中する、地方は手足の機能に徹せしめるというものである。

 このため、(1)産業経済の中枢管理機能、つまり金融や貿易、大企業本社など、(2)情報発信機能を持つテレビのキー局、全国紙、出版社など、(3)文化創造活動に必要な特定目的の文化施設、の3つは東京以外には置かせないようにした。規格大量生産型の近代工業社会を形成するには、そうするのが有利と官僚たちは考えたのである。

 そうなれば、東京圏以外の地方は手足の機能、つまり生産現場に徹するしかない。それでも、90年までは農業保護と工場の増加と公共事業のバラまきによって地方も潤い、不平等ながらも均衡が保たれていた。

 その結果、地方にも6種類の富裕層が存続できた。(1)山林業者、(2)酒造業者、(3)地場産業のオーナー経営者、(4)中心商店街の老舗のだんな、(5)地域の建設業者、(6)医師・医療機関経営者である。

 もちろん、それを支える基盤として手厚い農業保護があり、膨大な数の兼業農家の消費と労働力供給があった。

地域格差を一気に進展させた
人脈格差と情報偏向の影響度
 ところが、90年代に入ると、冷戦構造の消滅で経済のグローバル化が進展、日本の農業保護も緩み出した。加えてペーパーマネーの横溢とコンピュータ制御装置の普及で発展途上国でも規格大量生産ができるようになった。このため、日本の生産現場は縮小し、手足の機能に徹させられた地方は大打撃を受け、富裕層も消滅してしまった。

 (1)山林は安価な輸入材でほとんど価値を失った。(2)酒造業は日本人の好みの変化で縮小、数も収益も低下している。(3)地場産業は中国などからの安価な輸入で壊滅してしまった。(4)中心商店街は人口の減少と全国チェーンの進出でシャッター通りと化し、老舗のだんなもワーキングプア並みの収入という例もある。(5)地域建設業は、21世紀になってからの公共事業の削減や談合禁止で大不況、倒産閉業が続出するありさまである。


地方に富裕層として残ったのは医師・医療機関経営者だけだが、ここにも医療行政の厳格化による医師・看護師不足の危機が迫っている。

 21世紀になってからの数年間で顕著になった東京と地方との地域格差は、平均所得や人口増減の違いだけではない。地方に富裕層をなくし、この国の地域分裂を促しかねない重大問題である。

 80年以降、人口、経済、文化の各面で、国全体に対する首都圏の比重が高まっているのは、主要国では日本だけである。北米でも欧州でも、中国やインドでも、首都圏の比重は低下して地方都市が発展している。そのなかで、日本だけは逆、極端な東京一極集中が進んでいるのは官僚たちの東京一極集中促進政策の結果である。

地方に住んだこともない二世議員
東京一極集中が生む「独り善がり」
 平成になってから国会議員やテレビタレントに二世が増加しているが、それ自体は日本社会全体を歪めるほどの大きな数ではない。だが、それを生み出している人脈格差とそこから生じる情報偏向は重大である。

 たとえば、二世の多くは東京生まれ・東京育ちで東京暮らし、地方生活の経験がない。地方選挙区の国会議員でも、二世の多くは東京に住み、選挙運動に地元(選挙区)に出張、笑顔と握手を振りまくだけだ。

 そのうえ、80年頃からは政府の地方支局やマスコミ、大企業の支社・支店の要職者もほとんどが単身赴任者、勤務地ではおコメもスーツも買わず、子どもの親として学校行事に参加することもない。彼らの得る地元の情報は統計データと耳学問で、実感を伴ったものではない。このため、いまや東京は地方情報の乏しい独り善がりの権力中枢となってしまった。

 東京の独り善がりは地方に対してだけではなく、外国に対しても著しい。日本に入る外国の情報は、東京にある官庁かマスコミを通じたものに限られているため、多様性が乏しく慣例と思い込みで偏っている。

 東京は米ドル札で買い物のできない世界で珍しい大都市であり、韓国製の現代自動車も中国製ハイアールの電気製品もほとんど見られない唯一の大都市だ。ここでは、世界に名の知れた韓国や香港のファッションデザイナーも、超高層を続々と設計している中国の建築設計者もまったく知られていない。

 いまや日本は、東京の千代田区と港区に集中した「出島」からしか外国情報の入らない不便な社会になってしまった。このことが、この国をおもしろみのない世の中にし、国民の意欲と創造力を奪っている。

 日本の常識は世界の非常識といわれて久しい。東京と地方の情報断絶も重要だが、世界と東京との情報の相異もまた深刻である。

 各人の能力と努力と運勢に差のある限り、結果としての所得や人気に格差があるのは必然であり必要でもある。


 特にこれからの知価社会において世の中の進化と人びとの満足拡大に必要な知価の創造に当たる人びと――たとえばデザイナーやプログラマー、金融操作、学術芸能、プロスポーツなどに携わる人びと――は、成功・不成功のリスクが高いうえ、成功しても活動期間は他の職業より短い。

 それだけに、こうした分野への人材導入を拡大するためには、成功者にはケタはずれの報酬と人気を与える必要がある。世界的に所得税の軽減とフラット税率化が推進されているのは、こうした認識があるからである。

「固定化」されて挑戦の機会もなし
悲惨なほど深刻化した格差の解消法は?
 そう考えると、格差の問題は、次の2点に集約することができる。

 第1は、挑戦の機会の均等が実現せず、格差が固定化しているのではないか。第2は、格差が大きくなり過ぎ、底辺の人びとが悲惨なまでの貧困と屈辱に陥っているのではないか、である。

 じつは、現在の日本は、どちらにもよい答えを与えることができない。
これまでに挙げた日本の三大格差――人脈格差、職縁・無縁格差および地域格差は、いずれも情報や人材登用の固定化から生じたものだからだ。

 人脈格差によって政治家やテレビ芸能界に「二世」が多いのは、東京の限られた地域と人びとのあいだで次が選ばれるせいだ。もし、人材の登竜門が全国の地方政界や地方放送局にあるとすれば、これほどの「二世ブーム」にはならなかっただろう。

 同様に「職縁・無縁」の格差も、終身雇用・年功賃金による正規社員の固定から始まっている。職縁社会に入り込んだ正規社員に年功に応じた高給を払い続けるためには、職縁社会に入り切らない非正規社員をいっそう安価に抑える必要がある。

 また、経済が低成長になれば、正規社員を中途採用するのはますます難しくなる。ポストが先細りになる中堅以上のポストは、年功で上がってきた正規社員で埋め尽くされているからだ。

 日本の格差は、人脈、情報、地域の固定化で拡大している。ここで「格差是正」を口実にした官僚規制を強化すれば、ますます流動性のない格差社会となるだろう。

 第2の、「弱者が悲惨なまでの貧困と屈辱に陥るのを防ぐ」という点でも、官僚の恣意的規制や助成を広げてはいけない。弱者の悲惨を救うのは、格差是正ではなく安全ネットの構築である。

 これからの日本を満足度の高い世の中にするには、格差是正のための派遣規制や産業補助ではなく、安全ネットと市場経済の組み合わせである。もっとも、この安全ネットをどの水準に設定するか、それを誰がどのようなかたちで負担するかで、絶えることなき議論が続くだろうが。


 だが、90年代以降は兼業農家が激減、臨時労働力の供給力を失った。また、女性も終身雇用が増え、正規社員の採用は多額の将来負担を予想させるようになった。

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