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October 22, 2016

ナノ技術を応用した触媒の働きにより、二酸化炭素の水溶液から、純度63%のエタノールが生成

「二酸化炭素をエタノールに変える方法」を偶然発見 応用例などに期待 米大学 オークリッジ米国立研究所で、二酸化炭素をエタノールに変える方法が「偶然」見つかった。反応は低コスト・常温で起こすことができ、太陽光発電で余った電気を液体燃料化して保存しやすくする応用例などが期待されている。 米国エネルギー省所属のオークリッジ国立研究所(ORNL)で、ナノサイズの尖った炭素と銅を触媒として利用し、二酸化炭素をエタノールに変える電気化学プロセスが開発された。 研究者たちは銅のナノ粒子(以下の画像で球状に見えるもの)をナノサイズの炭素の突起に組み込んでつくった触媒によって、二酸化炭素をエタノールに変えた。具体的には、炭素、銅、窒素でつくった触媒を使用し、電圧をかけて複雑な化学反応を起こすことで、燃焼過程を本質的に逆転させたのだ。この触媒の助けを借りることによって、二酸化炭素の液体が水に溶け、エタノールに変化した(産生率は63パーセント)。 「この材料からこうした変化が起こることに気づいたのは偶然でした」と、『ChemistrySelect』に掲載された研究論文の主執筆者であるORNLのアダム・ロンディナンはリリースで述べている。 「わたしたちは、燃焼の廃棄物である二酸化炭素を取り出し、この燃焼反応を、非常に高い選択性で有益な燃料へと戻すという研究をしています。エタノールができたのは驚きでした。ひとつの触媒で二酸化炭素をエタノールに直接変えることは非常に困難だからです」 この方法では、プラチナのような高価な金属やレアメタルを使用する必要がない。こうした金属を使用する方法はコストがかかりすぎて費用面で実行可能性が低い。 「一般的な材料を使用しながらもそれらをナノテクノロジーで加工することで、副反応を制限し、求めている物だけを得る方法を突き止めました」とロンディナンは言う。 この方法が、低コストの材料を利用することと、常温で動作するという事実を考えると、その可能性は大きく広がると研究者たちは確信している。例えばこのプロセスを利用すれば、風力発電や太陽光発電で余った電気を液体燃料として保管できるかもしれない。 なお、この触媒がほかとは違って有効な理由は、銅のナノ粒子がナノサイズの炭素の突起に組み込まれているというナノスケールの構造にある。研究者たちによる最初の分析では、触媒の表面が突起で覆われているため、多数の場所で反応が起こることができ、それが最終的に二酸化炭素がエタノールに変わるうえで役立ったのだろうと考えられている。

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October 15, 2016

なぜ経済学は、現実の経済からズレてしまったのか

なぜ経済学は、現実の経済からズレてしまったのか
http://diamond.jp/articles/-/104269

野田一夫(のだ・かずお)日本総合研究所名誉会長。東京大学社会学科卒業。その後3年間、東京大学大学院特別研究生。立教大学助教授(この間に、2年間マサチューセッツ工科大学フェロー)を経て教授。1970年(財)日本総合研究所設立、初代所長。1985年(財)ニュービジネス協議会設立、初代理事長。1980年代末から21世紀初頭にかけ、多摩大学、県立宮城大学、事業構想大学院大学(東京)の設立に深く関わった後、それぞれ初代学長を歴任。ピーター・ドラッカーの経営論の日本への紹介者でもある。

中原圭介(なかはら・けいすけ) 経営・金融のコンサルティング会社「アセットベストパートナーズ」の経営アドバイザー・経済アナリストとして活動。「総合科学研究機構」の特任研究員も兼ねる。企業や金融機関への助言・提案を行う傍ら、執筆・セミナーなどで経営教育・経済教育の普及に努めている。経済や経営だけでなく、歴史、哲学、自然科学など幅広い視点で経済動向を分析しており、予測の正確さには定評がある。

日本に初めてドラッカーを紹介した学者
×経済予測のプロ
【スペシャル対談】
野田一夫×中原圭介(前編)

野田 中原君は1970年生まれで、僕が1927年生まれだから、40歳以上の年齢差がある。1970年代と言えば、まさに“オイル危機”の時期だったね……。そして、先進国の中でオイル危機に最も適切に対処できたことで、日本の国際的評価が一段と高まり、70年代末には日本は、米国・ドイツと共に「世界経済をリードする3台の機関車の1つ」と言われるほどになったが、それが結果的には、“プラザ合意”につながった。
プラザ合意では、日本とドイツがドル切り下げのための積極的経済政策で米国を助けたが、このことが結果的には、“バブル経済”の根因をつくることになった。経済大国になった日本が国際的な役割を果たしながら、国内経済をバブル化させてしまったという時代を少年として生きた中原君は、その頃、日本が何かおかしくなってきたと感じたかな?

中原 バブルの時代、私はまだ中学生から高校生でした。部活動や勉学に励む毎日だったので、そんなことはまったく感じませんでした。大学に入って間もなくバブルが弾けましたが、私にとっての転機は、尊敬する先輩が金融機関に就職することが決まって、先輩から経済や金融の話をいろいろ聞くようになったことです。そのことがきっかけで、経済への関心が急速に深まっていきました。その結果、社会人になってサラリーマンとして為替のマーケットで働くようになったわけです。

野田 サラリーマンになってから“生きた経済”を見ていると、経済学者が新聞や雑誌に偉そうに言っていることに、何か違和感を抱いたくらいのことはあったでしょう?

中原 バブル崩壊後の日本経済をそれまでの経済学で説明しようとしても、誰もうまく説明できないことに、何よりも大きな違和感を抱きました。マクロ経済学の処方箋がまったく通用しなかったのを見るにつけ、それまでの常識がもはや常識ではなくなったのだと思うようになったのです。そのときから、経済の構造そのものが時代によって変化を遂げていくのだろうと考え、経済学も時代に適応して変わっていかなければならないのではないかと強く思ったわけです。ところが、経済学の世界の人々はそういう努力をしようとしなかったし、論理的に説明しようとする気概も持っていなかったですね。

野田 実際の経済に関わっている人間にすると、経済学者の言っていることは、自分たちが実感している経済と多かれ少なかれズレている。つまり、日本でも、経済に関する限り“学者の空論”がいつもまずまかり通りがちだ。

 しかし、経済に対しては社会学、心理学、文化人類学などの学者の発言力が弱かったために、経済学者の発言権がまかり通り、結果としてマスコミも経済学者の所論を中心に社会を眺めるようになってしまった。
 しかも“近代経済学”の一つの特徴だが、やたらと数字を使うところに問題があるように僕には思える。しかも、数字を使いながら、不思議なことに、自然科学とまるきり違って、それをどうやって測定するのかについて経済学者はほとんど関心がない。誰がどう測定したのかよくわからない数字を前提として現実を語るが、僕は旧制高校まで理系だったから、それは非常におかしいと思いつづけてきた。「失業率はどうやって出てきた数値か」「物価指数はどうやって計算したのか」と、ことごとく疑問が湧くが、経済学をやっている人たちはそんなことはまったく気にしないようだ。

中原 たしかに、経済学者はやたらと数字を用いて理論武装しようとする傾向がありますね。その数字の前提となる計算や統計手法が正しいかどうかは、まず問題として俎上に乗ることもありません。先人の経済学者たちは自らが研究する学問について、非科学的だというコンプレックスを抱いていたのかもしれません。そのコンプレックスを解消するために、やたらと数字や複雑な数式を取り入れてきたのではないでしょうか。
 複雑な数式を取り入れて発展した金融工学などは、その典型例といえるでしょう。ノーベル経済学賞を受賞したフィッシャー・ブラックとマイロン・ショールズの「ブラック・ショールズ方程式」は、1998年のLTCMの破綻によって現実には机上の空論であることが明らかになりました。人間の欲望や不安心理が、方程式で計算した通りに制御できるわけがないのです。このように経済学では、物事の本質を踏み外した理論や方程式、時代の流れに適応できていない理論や法則が多いように思います。

ドラッカーの説は“理論”ではない

野田 観念論を前提として数字を使うのは、すごく危険だと思う。自然科学で使う数字は、どこの国で測っても、誰が測っても、条件が同じなら同じ数字が出てくる。ところが、経済学者の使う数字はいささか怪しい。測る人が違うと、数字が違ってくるという点では、新聞社の内閣支持率なんかとそう違いはなさそうだ。該して社会科学の分野では、“測定の方法”などはあまり気にしないようだ。ビジネスの世界では、数量化されたデータは、検討材料にすぎないのです。
 話は違うが、僕の友人のピーター・ドラッカーは冗談が好きで、「自分とエコノミストの意見が一致するのは、『ピーター・ドラッカーはエコノミストではない』ということだけだ」と経済学を皮肉りながら、「自分はコンサルタントだ。コンサルタントは抽象論では終われない。ありとあらゆる社会現象・自然現象を知っていなければ、経営者の悩みには答えられない。だから、強いて言えば、私はソーシャル・エコロジストかな……」と冗談を言ったことがあった。
 つまり、企業に関係のあるありとあらゆることを知っていないと、大企業のトップのコンサルタントなんかつとまりっこない、という誇りを込めてね……。

中原 ドラッカーの一連の考えは“理論”ではないですよね。日本のビジネス書ではドラッカーの関連本はとても人気があり、その関連本の中ではドラッカーの考えが無理に理論化されています。だから、多くの日本人はドラッカーの所説には理論的裏づけがあるように勘違いしている。

野田 まったくその通り。ドラッカー自身も、自分の所説は理論ではないと言っている。「私は経済学者でもなければ、“経営の学者”でもない。自分はコンサルタント。学者には、大企業のコンサルティングなどはできっこない」と。コンサルタントに対するたいへん高いプライドを抱いていたからね。
 ところで、中原君は大学の文学部出身で歴史を学んできたけれど、「どうも経済学者の言っている現実は、自分が感じる現実とは何か違っているようだ」と認識できたのは、社会人になってから?

経済学ではきちんとした歴史分析ができていない

中原 社会人なってすぐですね……。私が最近、経済学にとってよい兆候を感じているのは、ここ数年、有名な経済学者といわれる人たちの中にも「歴史が大事だ……」と言う人が出始めていることです。ただし「歴史が大事だ」と言っている割に、歴史上の出来事の比較がきちんとできていないことには疑問を感じていますが…。つまり、単に出来事の表面的事象の比較しかできていないのです。

 これから起こるかもしれない出来事を予測するために、過去に起こった出来事そのものと単純に比較するだけでは、誤った結論を導いてしまう可能性が高まってしまいます。比較分析をする際に忘れていけないのは、過去の出来事が起こった理由や時代背景、その当時の人々の価値観や文化、生活様式、その出来事が与えた影響などを広範的に分析するということです。ポール・クルーグマンにしてもベン・バーナンキにしても、そういった大事な視点が欠けているのが問題なのです。

野田 たしかに……。戦前アメリカで起こったバブルと戦後日本のバブルとでは、その現実がまるっきり違うからね……。

中原 それを基本的には同じ土台で比べてしまうのが、今の経済学の問題点です。

野田 やはり、発想に現実的裏づけがないんだな。抽象的な解釈で人を“誤解”に導いていくきらいがある。

中原 経済学の中には法則や理論というものがたくさんありますが、私はそれらが正当な意味での法則や理論だと思ったことはありません。法則や理論と名づけるからには、自然科学のように「100%正しい」というものでなければならないからです。

野田 社会現象は、法則で動いていないから面白いのにねぇ……。

中原 経済学には正しい答えがないからこそ、権威が大きな力を発揮しているのでしょう。ノーベル経済学賞受賞者のような権威ある学者の言った学説が、たとえそれが間違っていたとしても、そのまま支持されていく下地が存在しているのです。だから、有名な経済学者に限って「クルーグマンによれば……」というふうな言い方をすることが多い。日本がインフレ目標の導入をしようとしたときも、そうでした。クルーグマンのインフレ期待なる理論が日本で通用することがないなど、微塵も考えていなかったわけですから。

野田 そのうち、アベノミクスに関しても、「自分たちの理論は正しいのに、国民大衆の受けとめ方に問題があった……」とでも言い出すのではないかな(笑)

中原 たしかに……。「金融政策は万能だ」と言っていたにもかかわらず、「構造改革が足りない」「消費増税が悪い」と、さまざまな理由を挙げて、他に責任を転嫁するに違いありません。彼らは、「お金の量を増やせば、デフレは解消して、景気はよくなる」と言っていたのですが、最近明らかにそれが間違いだということがわかってきましたから……。
 私はアベノミクスが始まる前から、「金融政策よりも構造改革のほうが重要だ」と言い続けてきましたが、そもそも構造改革の本質は、「生産性を引き上げること」すなわち「よりよいものをより安くするということ」です。構造改革とは、インフレ目標とは相性が悪い政策なのです。
 かつて「欧州の病人」と言われたドイツが今や欧州で一強と言われるまでになったのは、シュレーダー首相のときに大胆な構造改革を行ったからです。今のドイツが低インフレであるのは、生産性を高めた結果です。日本でも構造改革を本気でやろうとしたら、まず2%のインフレ目標なんかを捨て去るべきでしょう。

野田 日本の政治家たちは現実の経済をよく知った上で、議論しているのではないんだな。もっとも、名だたる経済学者やエコノミストたちも、生きて躍動している現実を知らないのかもしれないから仕方がないのかね……。とにかく、困ったもんだ。

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October 13, 2016

シリア紛争のカギを握る「クルド人」とは、

シリア紛争のカギを握る「クルド人」とは、どのような民族なのか?
イギリスの三枚舌外交が招いた禍根

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49834

川口 マーン 惠美

クルド問題の誕生

1916年にイギリスとフランスとロシアが結んだ秘密協定「サイクス・ピコ協定」は、中東の分割を画策したものだ。当時の中東とは、トルコ人のオスマン帝国のことだった。この協定により、オスマン帝国は英仏露のシナリオ通り分割され、レバノン、シリア、イラク、クウェートなどが、砂漠の中に定規で線を引いたように出来上がった。

協定の原案は、イギリス人マーク・サイクスと、フランス人フランソワ・ジョルジュ=ピコが作ったので、サイクス・ピコ協定と呼ばれる。協定が結ばれたのはロシアのペトログラード。英仏露三国の狙いは、もちろん、植民地と石油の利権を山分けにすることであった。

それだけでも大変勝手な話だが、なかでも一番ひどかったのがイギリスで、フランスとロシア相手にはサイクス・ピコ協定を結びつつ、その裏で、中東のアラブ諸国に対しては独立を約束し(フサイン=マクマホン協定)、さらにユダヤ人に対しては、パレスチナにユダヤ民族の国を建設しようと言った(バルフォア宣言)。

詐欺の極致、イギリスの三枚舌外交と言われる所以である。現在にまで尾をひくパレスチナ問題は、この時、イギリスが種を蒔いたものであることは疑う余地がない。

サイクス・ピコ協定が残したもう一つの災禍は、クルド問題だ。オスマン帝国の中には、クルド人の国、クルディスタンがあった。それが、オスマン帝国の解体と共に、トルコ、イラク、イラン、シリア、アルメニアという新生5ヵ国に分断されてしまう。以来、クルド人に平和はない。

クルドは、国家を持たない民族としては世界最大だ。世界中に2500万人から3000万人いると言われており、イスラエルよりもシリアよりも格段に多い。彼らは、独立とまではいかなくても、できれば一つにまとまり、自治権ぐらいは確立したいと思い続けている。

クルドの土地は昔から水と緑に恵まれ肥沃だったが、おまけに近代になり、石油まで出ることが分かった。そんな良い場所に独立国など作られてはたまらないと、周辺国は当然、皆が思う。クルド人がどの国でも迫害、あるいは、あからさまな攻撃を受けているのは、そのせいだ。とくにクルド人が多いトルコとイラクでは、常に当局との戦闘やテロが絶えなかった。

敵の敵は敵

現在のシリア紛争は、めちゃくちゃこんがらがっているが、鍵を握っているのがクルド人であるということが、だんだん明らかになってきている。

ただ、一口にクルド人といっても、内実は複雑極まりない。この100年、異なった国で生活しているうちに、文化も生活習慣も宗教も異なった発展をしているし、それぞれの目標や理念も、似ているようでかなり違う。そして、今シリアでは、その様々なクルド人たちが縦横無尽に戦っているので、状況は絶望的なほど見えにくい。

トルコのクルド人の政党PKK(クルディスタン労働者党)は、EUでも米国でもテロ組織として認定されている。トルコではもちろん犯罪者扱いで、党首のアブドゥラ・オチェランは、すでに30年近く投獄されたままだ。

ところがこのPKKが、シリアのアサド政権と戦っている。ISとも戦っている。トルコ政府も同じことをしているが、だからといってPKKは味方とはならない。クルドに限って、「敵の敵は味方」ではないのだ。

クルド人の組織のなかで一番強大なのは、イラクのペシュメルガというグループだ。なぜ強大かというと、EUが“良いクルド人”というお墨付けを与え、武器を提供し、IS相手に戦わせているからだ。おかげで今や高性能の軍備と25万の兵力を有する堂々たる軍隊もどき。しかも、同じクルドといっても、これがPKKとは犬猿の仲なので、ここでも「敵の敵は敵」。

そのほかにシリアにはYPG(クルド人民防衛隊PYD党の武装部門)というのもいるし、裏からはEUのみならず、ロシアやアメリカも複数の糸を引いている。シリア情勢は、いまや、勧善懲悪が大好きな日本人にはとてもついていけない世界となってしまった。

アメリカの「打算」〜対トルコ宥和政策が呼び覚ます悪夢の予兆
棍棒なき対話で世界秩序は保てるか
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49562

「問題は英国ではない、EUなのだ 」エマニュエル・トッド(著)ロシアは日本
にとって、アメリカとは別の重要なパートナーになりうると私は見ています。
http://2013tora.jp/kabu370.html

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October 08, 2016

変なヤツが居た

変なヤツが居た
小幡績って 何?

【上念司VS小幡績】意味不明な小幡を上念さんが論破!! 平成25年5月2日

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<高橋洋一 VS 小幡績>「検証!3年目のアベノミクス」2015年04月11日

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上念司vs浜矩子!!

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October 02, 2016

金融緩和政策の限界

経済コラムマガジン 16/10/3(910号)
財政均衡主義の呪縛からの覚醒
(美味しい所だけ)

•金融緩和政策の限界

日本だけでなく他の先進国も「消費年齢世代」の人口減少という問題に直面している。つまりこれによる消費不足とそれに起因する国内の投資不足によって経済は低迷したままである。さすがに金融緩和政策が限界に来ていることを人々は薄々察している。

日本に比べ欧州の方がより深刻と筆者は思っている(ましなのはユーロ安で輸出が伸びているドイツぐらいである)。特に問題なのは若年層の高い失業率である。この欧州の雇用問題にはほぼ打つ手がない。

•財政均衡主義に対する新しい動き

財政政策どころか財政の赤字でさえ度々大きな政治問題になる。
米国では「財政の崖」問題が起り財政赤字が政争の具に使われた。

主要な欧州の国家には昔から財政均衡主義の素地が根強く有り、財政赤字を嫌う。リーマンショックから2年も経っていないのに、欧州各国はやや積極的な財政政策から緊縮財政に大転換した。ギリシャの財政危機を発端に英国などが付加価値税の増税に踏切ったのである。また財政赤字をGDP比3%以内に抑えるというEUの取決めを守れない南欧諸国には、いつもペナルティーが課せられている。

日本でも橋本政権下で「財政構造改革法」が成立した。だが財政均衡を目的としたこの法律と関連法は次の小渕政権が辛うじて停止した。しかしプライマリーバランス回復の絶対視や14年度の消費税増税分の9割を目立たない形で財政再建に回すなど、日本ではこの「財政構造改革法」の精神みたいなものが脈々と受継がれている。

先進国(日・米・欧)は、共通して「消費年齢世代」の人口減少と所得が増えないことによって家計の消費は増えない。また前述したように企業は需要が増えないので、内部留保を増やしGDPを増やすような投資を控えている。さらに金融政策も効かなくなった。これらは経済学が想定していなかったことである。

しかしどの国も経済成長によって解決すべき大きな問題を抱えている。ところが期待していた金融緩和政策の効果に限界がはっきりと見えてきた今日この頃である。

さすがに先進国(日・米・欧)の中で、財政均衡主義の呪縛から脱しようとする国が現れるようになった。まさに新しい動きである。最初に動いたのはアベノミクスの日本であった。安倍政権は1年目に大型の補正予算を組み、さらに日銀の異次元の金融緩和が加わり成果を収めた。ただ2年目以降は消費税増税などによってアベノミクスは頓挫している。今日、新経済対策によってアベノミクスの巻き返しを図っているところである。

欧州ではイタリアなど特に南欧諸国が財政政策に軸足を置き始めた。ここで障害となるのが「財政赤字のGDP比3%基準」である。もちろんドイツなどはこの動きに猛反発するであろう。しかし英国のEU離脱決定によって欧州全体が今日動揺しているので、チェックが甘くなり南欧諸国の財政拡大政策は案外すんなりと実施される可能性が出てきた。

米国では大統領候補が共に財政政策を堂々と公約に盛込んでいる。まずクリントン候補が大型のインフラ投資計画を掲げている。そもそも米国では公共投資は州政府の管轄であり、連邦政府がこれを主導するという話は異例である。トランプ候補も負けじと企業減税を訴えている。何か先進国(日・米・欧)全体が財政均衡主義の呪縛から覚醒を始めたと感じられる。

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