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January 15, 2017

経済コラムマガジン

今年の展望と昨年暮れの出来事
http://www.adpweb.com/eco/index.html

元英金融サービス機構(FSA)長官アデア・ターナー氏が、年明け1月6日に安倍総理や黒田日銀総裁を訪問した(投資家ジョーズ・ソロス氏が同席)。この重要な出来事を日本のマスコミはほとんど伝えていない。当然、ヘリコプターマネーに関連した話が出ている。たしかにターナー氏は、安倍総理に直接的なヘリコプターマネー政策を奨めたということではないと言っている。氏は既に日銀が大量の日本国債を保有しているのだから、その20%程度(80兆円)を永久債(コンソル債)に換えてはどうかと安倍総理等に提案したと言っている。

もちろんこれを財源にした財政政策を奨めたことは確実であろう。ターナー氏もこの一連の政策が、後で振り返るとヘリコプターマネー政策だったと見なされるかもしれないということを認めている。まず永久債の発行とその日銀買入れは筆者の長年の提案でもある。そして日銀の保有する国債を永久債に換えるということは、その永久債が市場に二度と売却されないことを意味すると考えて良い。つまり世間で言われている出口戦略と関係がなくなる。

最も注目されることの一つは、一体誰が多忙な安倍総理等にターナー氏を引合わせたかということである。ターナー氏は世界的に大きな反響を呼んだ「債務と悪魔の間で」の著者であり、ヘリコプターマネーの一大権威である。したがって安倍政権に近い筋にヘリコプターマネー政策に賛同する者がいると認識して良いと筆者は思う。

昨年暮れの出来事の中から二つ取上げる。一つは真珠湾アリゾナ記念館での安倍総理の演説である。総理は米国の寛容さを示すエピソードとして、終戦直後の食料援助に言及している。本文は「日本が見渡す限りの焼け野原、貧しさのどん底の中で苦しんでいた時、食べるもの、着るものを惜しみなく送ってくれたのは、米国であり、アメリカ国民でありました」である。

終戦直後の米国の援助物資はララ物資(LaRa・・Licensed Agencies for Relief in Asia(アジア救援公認団体))と呼ばれている。これによって命を助けられた日本人は多数いる。またこのララ物資が発端となり学校給食が始まったという話がある。

日本人は、長い間、ララ物資を100パーセント米国民の自主的な善意の援助と思っていた。しかしこの裏には浅野七之助氏という日系米国人の大きな働きがあった。浅野氏は岩手・盛岡出身のジャーナリスト(サンフランシスコ邦字紙「日米時報」を発刊)である。氏は終戦直後の日本の惨状にいたたまれず、「日本難民救済会」を設立し日系人に声を掛け祖国日本に救援物資を送ることに奔走した(ブラジルの日系人からも寄付を募った)。

04/10/25(364号)
クライン博士を招いてのシンポジウム

•クライン博士

宍戸名誉教授と小野盛司氏の講演の内容は、基本的に積極財政政策によって、経済が活性化し、政府の財政赤字のGDP比がむしろ小さくなる話である。小野盛司氏は、これを日経のNEEDSモデルを使って説明している。宍戸名誉教授は、これをドーマーの財政均衡モデルとご自分のシミュレーションモデルで説明しておられた。

リチャード・クー氏は、バブル崩壊によって、企業と個人のバランスシートが傷ついてしまったことをまず指摘した。人々はこのバランスシートの修復のため、投資を控えた。このことが今日のデフレの解決を遅らせていると説明していた。これまで企業は、投資より借入金の返済を優先していた。しかしようやく企業のバランスシート調整も最終局面を迎えている。このような状況では、金利も低位にあり、政府が公共投資などの財政支出を増やすことは合理的な政策と主張していた。

クライン博士は、積極財政に賛同しながらも、他の講演者とポイントが多少異なっていた。将来の日本経済の成長力のため、財政支出を教育関連に特化することを主張されておられた。これは米国の90年代の経済成長が、理系学生の教育強化の成果といった側面があると信じておられるからである。つまり潜在成長率を高めるため、日本も教育投資を重視することを説いているのである。

この点はリチャード・クー氏と見解が異なる。クー氏は財政支出は金額が重要なのであり、財政支出の中味は敢て問わないという立場である。もちろんクー氏も同じ財政支出を行な以上、より日本のためになる所に金を使うことに賛成している。しかし財政支出を教育関連に特化するまでもないという考えである。筆者はクー氏の意見に賛成である。

内輪の話によると、米国の経済学者に正しく日本経済の実態が伝わっていないようだ。日本は公共投資をやり過ぎて、これ以上日本で公共投資を行なうところがないと米国では思われているという話である。日本の経済学者が、米国の経済学者やエコノミストにそのようなでたらめな説明をしているようである。それが日本にブーメランのように戻ってきている。

•死に体の日本のマスコミ

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