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June 18, 2017

自力で生産性を上げる「働き方改革」

自力で生産性を上げる「働き方改革」 
ケリー・マクゴニガルさんに聞く
2017/5/6
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO15322360U7A410C1000000/

■「労働時間」の短縮だけでは実現できない

 安倍晋三首相の提唱する「働き方改革」は、長時間労働の是正や女性が働きやすい環境作りを目指していると聞きました。私はこの改革そのものが、「やる気」や「生産性の向上」についての心理学の研究結果に沿ったものだと思っています。これからどんな具体的な施策が整えられていくのか、とても興味があります。

 私が考える「働き方革命」とは、職場に「思いやりのあるコミュニティー」をつくることです。働いている人が「会社(職場)が自分と同じ価値観を共有し、それに沿って行動する機会を与えてくれる」と感じられ、安心して働くことのできる環境を整えることです。

 これは、単に労働時間を短縮すればいいということではありません。働く人のやる気を高めるためにどんなことができるか、有能な女性たちを離職させないためにどんなことができるか、しっかり考える必要があります。人は自分の仕事への関心が高ければ、たとえ時間をコントロールできない状況であっても生産的に働く道を見つけ出すものだからです。労働条件を整えるだけでなく、その条件の中でどうすれば働く人が意義を感じられ、満足感を得られ、健康でいられるようにできるのか、といったことが課題になります。

 その1つが、仕事における「自由と柔軟性(freedom and flexibility)」です。これは仕事をどう進め、時間をどう使うかを、本人が柔軟に決められる状態を指しています。この「自由と柔軟性」を実現することが、働く人の生産性や仕事への取り組みを向上させ、健康につながることが分かっています。

■仕事に意義と目的を持たせる

 もしあなたがあまり自由の利かない立場にいたとしても、「ジョブ・クラフティング」という手法を使って、改善できることもあります。「ジョブ・クラフティング」とは、自分の仕事を柔軟に捉え、定義し直して、「やらされている感覚のある仕事」を「やりがいのある仕事」に自ら変えていく手法です。

 例えば、あるバスの運転手を例に取って考えてみましょう。彼はバスの運行スケジュールや業務内容を決める権限を持たず、上から言われるままに仕事をしていました。このため、極度の疲弊状態にあったのです。しかし彼は、自分の職務をこう再定義しました。「自分はただバスを運行するのではなく、バスに乗るすべての人を温かく迎える存在なのだ」と。

 その瞬間、それが彼の「仕事」になりました。時間通りにバスを運行することだけが仕事なのではなく、仕事の進め方を自分で決めたのです。彼が「乗客に歓迎の気持ちを伝えたい」と考えたことで、日々の業務に小さな選択と変化が生まれました。「どう挨拶しようか」「次の停留所までの間、乗客に気持ちよく過ごしてもらうにはどうすればいいか」。そんな選択です。その選択の結果、彼の態度は変化しました。こうして彼は、仕事に意義と目的を持つようになったのです。

 どんな仕事でも、これと同じことができます。つまり、「この仕事をこう(いう価値のあるものであると)定義しよう」と、考えてみるのです。

■まずは「リストアップ」することから

 では具体的に、「ジョブ・クラフティング」をどうやるか、お教えしましょう。

 まず、(1)「自分の仕事(作業)」をリストアップしてください。次に、(2)「(仕事について)自分が満足していること・意義を感じていること」も、すべてリストアップします。

 次に、この2つのリストを並べ、(1)「自分の仕事(作業)」と、(2)「(仕事について)自分が満足していること・意義を感じていること」をどう結びつけるか、考えます。つまり先に紹介したバスの運転手のように、日々こなしている作業と、「(その作業を通して)どんな経験を積みたいか」「自分の強みをどう(その作業に)生かしたいか」という「(自分の)価値観」とを関連づけ、意義あることをしていると感じられる時間が増えるように、作業内容を定義し直すのです。

 「自分のしていることに対する考え方」を変えることで、仕事で感じる意義や満足感を大きくすることができるのが、「ジョブ・クラフティング」なのです。これはあまり自由の利かない仕事や立場にいる人にも有効で、今まで気が進まなかった仕事に、目的や意義を与えてくれます。

■やる気は「ある・なし」ではない

 生産性と切っても切れないものに、やる気(モチベーション)があります。「あの人はやる気がない」というように、やる気を「ある」か「ない」かで考える人がいます。でも実際には、やる気が「ない」のではなく、自分が持っているやる気や意欲を満足させる具体的な方法を見つけられないだけなのです。そうした欲求が満たされないために、仕事をするエネルギーがなくなってしまうように感じます。

 私が学生に出す課題に、「変えたい、実行したいと思っているけれど、まだ成功していないことを思い浮かべて、自分のやる気(モチベーション)に目を向ける」というものがあります。モチベーションの中には、人の成長や変化の妨げになるものもあるからです。

 例えば、あなたが何らかの目標を抱いたとしましょう。その目標達成のためにあなたを突き動かすやる気(モチベーション)が、「(これをしないと)失敗して恥をかくから」という類いのものの場合、長い目で見るとそれは(実行したとしても)成功につながらない可能性があります。

 逆に「あなたに活力を与えてくれるやる気(モチベーション)」には、2種類のタイプがあります。

 1つは、目標達成のための行動が、自分の価値観と一致している時に発揮されるやる気(モチベーション)です。この時、人は「なりたい自分になれている」という満足感を抱きます。

 もう1つは、目標を達成するために行動している時に、本能的に「楽しい」と感じ、やる気(モチベーション)が起きているかどうかです。楽しむことで人は、作業のプロセスに満足感ややりがいを覚えることができるからです。

 取りかからなければならないことをグズグズと先延ばしにしている学生には、なぜそれがその人にとって大事なのか、説明してもらいます。もしうまく説明できないようなら、間違った目標を設定している可能性があります。その人が本当に求めている目標(ゴール)や目的でないから、やる気(モチベーション)が出ないのです。

 こうした確認は、とても大切です。「やるべきだから」とか、「やると言ってしまったから」という理由で物事をこなしている時には、勇気を出してその目標(ゴール)を変更し、別の目標(ゴール)を探した方がいい場合もあることを覚えておいてください。

■ストレスを定義し直せば死亡リスクが下がる

 もう1つ、仕事を語る時に引き合いに出されるのが、「ストレス」についてです。

 米ウィスコンシン大学で行われた研究によると、「ストレスは健康に悪い」と考えている人が強度のストレスにさらされた場合、死亡リスクが上がるという研究結果が出ました。一方で、「ストレスは健康に悪いわけではない」と考える人が強度のストレスにさらされた場合、死亡リスクは低いという結果が出たのです。「ストレスに対する考え方」が、「ストレスから受ける影響」を大きく変えてしまう、という事実が分かる事例です。

 別の研究では、こんな結果も出ています。「仕事のストレスを自分でコントロールできていると思える人は死亡リスクが下がる。その割合が低ければ、死亡リスクが高まる」というものです。

 この2つの研究から分かることは、「仕事にやりがいを感じている人はストレスから守られるけれど、仕事に意義・価値を見いだせないでいるとストレスにさらされ死亡リスクを高めてしまう」ということです。

 つまり、「ストレスをどう捉えるか」の違いが、心臓病にかかったり、死亡リスクが高まったりという心身の問題にまで発展するのです。ストレスにうまく対処するためには、ストレスを自分の人生の一部として受け入れることから始まります。

 そこで私は皆さんに、ストレスを定義し直すよう勧めています。 多くの人は、ストレスを「起きてほしくないことが起きている状態」と定義します。あるいはストレスを、「心身が不健康な状態」と定義しているのです。

 私がお勧めする第3の定義は、ストレスは「大事なものが危機にさらされている時に起こるもの(反応)」と捉えることです。それは、「体の変化」かもしれませんし、「感情の動き」かもしれません。

 ストレスにさらされながらも仕事にやりがいを感じている人は、ストレスの声に耳を傾け、ストレスと上手に関わっています。ストレスが伝えようとしていることを見極め、そこから学び、成長しようとします。これが、ストレスを味方につける第1ステップです。

■ストレスが学びと成長の助けになる

 ストレスを味方につける第2のステップは、ストレスに注意を向けて、ストレスが出しているシグナルが何なのかを理解することです。例えば、私自身がストレスにさらされている時、不安になったり、心臓が早鐘のように打つなど体に一定の反応が起きます。そんな時は精神を集中させ、落ち着いて自分自身に問いかけます。「問題は何? なぜストレスを感じている? このストレスは私に何を伝えようとしている?」と。

 そして、ストレスの原因を考えてみます。今感じているこのストレスは、何かを行動に移すためのエネルギーの表れなのか。それとも、神経の興奮、不安、意識の集中によるもので、それをストレスが教えてくれているのか。あるいは、このストレスは挫折を感じたり、感情が麻痺したり、孤独を感じたりしているせいなのか、といったことです。

 ひどく落ち込んだり打ちのめされたりした場合にも、そこから生じる悪循環を断ち切るためにできることはたくさんあります。

 悪循環を断ち切る方法の1つは、とにかく「何かをやってみる」ことです。落ち込みがひどい時というのは、気持ちが麻痺してしまい、どうやったら今の状態から抜け出して前へ進めるのか、分からなくなります。問題を解決して最終ゴールに到達しようにも、それがあまりにも遠いと感じるのです。そんな時には、自分自身にこう問いかけましょう。「私の目的に沿ったこと、価値観に沿ったことで、今できることは何だろう?」と。

 落ち込みから抜け出す方法が分からないままでも、いいのです。問題をすぐに解決する必要もありません。大切なのは、どんな小さなことでもいいから「今できること」を1つ、見つけることです。目的や価値観に沿った行動を1つ取るだけでも、落ち込みから脱する「前向きな動機(approach motivation)」が生まれるということが、複数の研究で明らかになっています。

■揺るがぬ信念「グリット」を貫く

 米国のシリコンバレーを中心に、「グリット(grit)」という考え方が広がりを見せています。これは、自分の意見、能力、目標(ゴール)に揺るぎない自信を持ち、どんな障害があろうと目的へと向かう意志の強さを表します。信念のために闘い、目標(ゴール)を追い求め、他人から何と言われても信念を曲げない気概です。

 私にもグリット、揺るがぬ信念があります。これまでキャリアを歩む中で、私は「人間の性質を楽観的に見すぎている」と批判されてきました。性善説に基づいて、人が善良であると信じている。人は簡単に許し合い、変われる。そう思っている私に、「楽観的すぎる。もっと現実的になれ」と言う人たちがいました。でも、これは私の中核をなす価値観なので、これにグリットを持っています。

 皆さんも、「自分にとっての揺るがぬ信念とは何だろう」「自分の根底にある価値観や目標(ゴール)は何だろう」と、自問してみるといいでしょう。そうすれば、「よし、この点に関してだけは、批判や異論に負けないようにしよう」と、グリットを貫くことができます。

 私たちはここでも、「グリットがある・ない」といった二者択一の判断を下しがちです。でも実際のところ、こうした美徳や長所は誰もが備えているものだと私は考えています。重要なのは、どうやったらそれを最大限に引き出すことができるかを考えることなのです。その方法について、次にご紹介しましょう。

■「モラルの高揚感」が希望を増幅させる

  
 今、米国ではドナルド・トランプ氏が大統領に就任したことで、社会に対する信頼が揺らいでいます。私の研究分野には「社会的な信頼をどう得るか」ということも含まれているので、こうした社会の動きについても少なからず興味を抱いています。私が今、関心を抱いているのは、1つの国としての感覚を持ち続ける人たちを支えること、自分たちが“アメリカ的価値観”を共有する良き人間であるという感覚を持ち続ける人を支えることです。

 そのための1つの方法は、意図的に「モラルの高揚」を引き起こすことです。「モラルの高揚」とは、誰かの善行を目にした時の気持ち・状態を指します。今の米国では、「世界の安全を脅かす様子ばかりを見せられている」と、多くの人が感じています。ですから、大切なもののために闘うエネルギーと希望を持ち続けるためにも、人が良いことをしている姿に目を向け、「モラルの高揚」を引き起こす必要があると考えます。

 この点でリードしているのが、フェイスブックやインスタグラムなどのソーシャルメディアです。ニュースはネガティブな話題ばかりを取り上げますが、ソーシャルメディアでは、誰かがほかの人のために立ち上がって手を差し伸べる姿や、自分の信じることを勇気を持って声に出す姿を見ることができます。こうした姿を取り上げ、称賛することが重要なのです。

 人は、ほかの人がポジティブなことをしている姿を目にすると、「自分にも何かできることがある」という希望を感じられることが、科学的に明らかになっています。

 そこで私が提案しているのは、「自分もモラルを高揚させることができる」と考えることです。政治的な行動でなくでも、コミュニティーでちょっとした親切な行動を取ることで、ほかの人に希望とエネルギーを与えることができます。そうすれば、今度はその人たちが議員に働きかけるなど「コミュニティーに力を与える行動」を取ることにつながるのです。小さな行為が社会に広がり、大きなうねりになっていくと思います。(談)

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